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『牯嶺街少年殺人事件』完璧に構築された世界における「埋めきれない空白」 ※注!ネタバレ含みます。

(C)1991 Kailidoscope

『牯嶺街少年殺人事件』完璧に構築された世界における「埋めきれない空白」 ※注!ネタバレ含みます。

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完璧に構築された世界の「埋めきれない空白」



 観る者が全貌を理解するためには、見えないもの、聞こえないものが、あまりにも多い。闇の表現がとりわけ印象に残る本作だが、それになぞらえて言えば、「この映画には大きな暗闇が広がっている」ということになるだろう。圧倒的な構築力をもって世界を生み出し、俳優陣にもその徹底的な実現を求めた――主演のチャン・チェンいわく、脚本の台詞は句読点さえ変えることが許されなかったという――にもかかわらず、演出家としてのエドワード・ヤンは、自分が作った世界の情報を切り落としていったのである。


 むろん、理屈をつけることはできる。先に触れた物語上の疑問についても、見えないものや聞こえない言葉についても、観る側の想像によって補完し、この世界を完成させることはできるだろう(現に本稿においても、そんな想像や解釈がまったく挟まっていないわけではない)。それでも、どこかでは埋めきれない空白に出会うことになる。絶対に解明できない謎が、この事件には存在するのだ。もしやその過程は、1961年に起こった実際の殺人事件について、エドワード・ヤンがめぐらせた想像の道のりにも似ているのかもしれない。



『牯嶺街少年殺人事件』(C)1991 Kailidoscope


 『牯嶺街少年殺人事件』には、人物を遠くからとらえるロングショットが随所に登場する。それは、あたかも広い世界に人間を放り込み、彼ら/彼女らの様子を見つめているかのよう。同時に、私たちに見ることができるのは、この広い世界のほんのわずかな部分にすぎないのだと知らしめるかのようだ。


 小明は死の直前、手の届く距離に彼女をとどめておこうとする小四に、「自分勝手だわ。この世界と同じで、私は変わらない」と告げる。この言葉通り、世界が彼女と同じなら、ちょうど小四が小明を最後まで理解できなかったように、この世界をすべて理解することができないのは当然のことだろう。決して安易な理解を与えないところに、エドワード・ヤンの、人間や世界に対する畏敬の念を感じるのである。



[参考文献]

『牯嶺街少年殺人事件』4Kレストア・デジタルリマスター版 Blu-ray、ハピネット

『牯嶺街少年殺人事件』4Kレストア・デジタルリマスター版 劇場プログラム、ビターズ・エンド、2017年

ジョン・アンダーソン『エドワード・ヤン』篠儀直子訳、青土社、2007年

フィルムアート社(編)『エドワード・ヤン――再考/再見』フィルムアート社、2017年

周婉窈『増補版 図説 台湾の歴史』石川豪・中西美貴・中村平訳、濱島敦俊監訳、平凡社、2013年

何義麟『台湾現代史 二・二八事件をめぐる歴史の再記憶』平凡社、2014年



文:稲垣貴俊

ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。



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DVD:6,380円(税込) Blu-ray:7,480円(税込)

発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ

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