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記憶のパズル
チェン・ユーシュン監督の新作『1秒先の彼女』(20)は、すべての早すぎた恋、すべての間に合わなかった恋に捧げられた珠玉の作品。本年度のロマンチック大賞だ。自分の未熟さばかりを責めてしまった恋。あるいは、決定的な一歩を踏み出す勇気がなかった恋。ほんの少しの感情の重なり合い、そのタイミングを逃してしまったがために成立しなかった、誰かと誰かの恋愛。そして、どこかに置き忘れてきた悲しみ…。
『1秒先の彼女』は、そうしたありえたかもしれない恋愛、置き忘れてきた物語について、記憶のパズルを組み立てるように断片を紡いでいく。
「君にとって大切な記憶が、相手にとっては無意味なこともある。お互いにとって大切な記憶が心に刻まれればいいね。」
パズルを形作る記憶のピースは、感情のピースでもある。あのとき、相手をどのような気持ちで見ていたか。相手がどのような気持ちで、私を見ていたのか。それぞれのエピソードにおける恋人たちの間合いと、そのときの感情のすれ違い。本作ではヒロインが勤める郵便局での受付業務が、「二人のパズル」をコミカルな残酷さでバラバラに崩していく。一旦バラバラにされた記憶のピースは、やがて物語というパズルを形作るための感情のピースに変わっていく。
『1秒先の彼女』予告
チェン・ユーシュンの作品でいうならば、偶発的な接点で結ばれる『ラブ ゴーゴー』(97)の登場人物たちの在り方に近い。『ラブ ゴーゴー』の登場人物たちが相手に思いを伝えるためにとった、ドラマチックかつ変化球な方法。それらは、彼らの生き辛さや不器用さを、愛すべき生のキラメキとして捉えることに成功していた。
思えばチェン・ユーシュン作品の登場人物たちは、計画性の欠片もない行き当たりばったりな行動をいつも繰り返していた。『熱帯魚』(95)の、警察に情報ダダ洩れな、愛すべき誘拐犯の家族。『祝宴!シェフ』(13)における、借金取りに追われたアイドルチックでモデル志望の料理のできない料理人。そして、いつも人より一歩リズムが早いことで、何かを逃し続ける本作のヒロイン。
学生時代、元々メランコリックな映画を作ることを志していたチェン・ユーシュンは、自身の作風の「転向」について、次のように話している。
「悲劇的な話で観客を落ち込ませたくないので、悲劇的な話をユーモアで表現するためにコメディーに転向した。」