瞬間のパズル
いつも首からカメラをぶら下げているグアタイは、シャオチーのもっとも美しい瞬間をカメラに収めたい。消えた一日に、グアタイがシャオチーを連れていく美しい海辺は、『熱帯魚』の舞台となった床上浸水の町。チェン・ユーシュン曰く「世界から完全に忘れられた場所」。
フォトグラファー楊順発の撮った「台湾水没」という写真集がある。ロケ地となった嘉義県を含む台湾の海の風景、浸水の風景が水墨画のような美しさで切り取られている。楕円形で囲まれた幻想的な写真の数々。『1秒先の彼女』のポスターデザインで、海辺の恋人たちの風景が円で囲まれているのは、おそらく楊順発の作品へのオマージュと思われる。水没する町のような風景に、『熱帯魚』の誘拐犯家族が、床上浸水の家の中で当たり前のように食卓を囲んでいた、あの不思議な風景を思い出す。
『1秒先の彼女』(C)MandarinVision Co, Ltd
完全に時間が止まった海辺の景色の中を、グアタイの運転するバスが進む。思いを寄せる彼女の決定的な瞬間を撮りたいグアタイと、満潮で道が沈んでいくギリギリの景色を進むバスという決定的瞬間の撮影が共鳴する。
しかし、『1秒先の彼女』は決定的瞬間をきっかけとしながら、決定的瞬間は、いつでも私たちの周りに溢れていることを教えてくれる。このことはリチャード・リンクレーターの傑作『6才のボクが、大人になるまで。』(14)の台詞を思い出させる。
「瞬間を逃すなと人は言う。だけど私たちの周りは瞬間の連続で出来ている」。
そう、私たちは瞬間の連続の中で生きている。フィルムの一コマ一コマの中に大切な瞬間は溢れている。何も起きていないような日常にも、変化は常に起きている。にも関わらず、私たちはそのことに気づけないまま生活を送っている。人生のどこかに置き忘れてきた思いの共感。だからこそ、彼女と彼の「瞬間」が初めて共感されるのを目撃したとき、私たちは涙せずにはいられないのだ。
映画批評。ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『1秒先の彼女』
6月25日(金) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ビターズ・エンド
(C)MandarinVision Co, Ltd