青春・暴力・政治の闘争
『牯嶺街少年殺人事件』はギャング映画だ。汪國正が小四の父に語った論理は、まさにギャングやヤクザのような“非血縁の契り”を思わせるし、彼らの息子世代は文字通りギャングと化している。大人よりも不安定な立場にある少年たちは、自らの安定を所属に求め、不良グループを居場所とし、暴力をふるうこともいとわない。また、小四の周囲にいる少女たちも別の不安定さを露呈する。たとえば小明には父親がおらず、母親は病弱で、生活は苦しい。彼女たちは男性に所属を求めつつ、彼らを利用して足場を構築するのだ。
小四は比較的裕福な家庭に育ち、まっすぐな性格の父親を見ていたからだろうか、はじめのうちは不良グループにさほど積極的に関与していない。変化が生じるのは、小明の恋人が小公園のリーダーたるハニーであることを意識してからだ。ハニーは台北に戻った後、小四に「小明はお前が好きだ」と、まるで小明を託すような言葉を語った。その後、敵対する217のリーダー・山東にハニーが殺害されるや、小四は「小明を守らなければ」という思いを抱くようになる。学校で小四が小明に駆け寄り、「心配ない、僕が君を守る」と胸中を伝えるシーンは劇中でも指折りの名場面だ。
『牯嶺街少年殺人事件』(C)1991 Kailidoscope
かくして小四と小明の恋愛、そして不良たちの闘争はひとつのプロットにまとまる。ところがエドワード・ヤンは、ここにさらなる展開を用意して徹底的に小四を追い込んだ。小明は小四の「君を守る」という言葉を拒むどころか、じつはハニーだけでなく複数の男性と恋愛関係にあったことがわかる。さらに、ハニーの死を受けて本省人が動き出し、217は台風の夜、暗闇の中で襲撃を受けるのだ。小四も襲撃には参加するが、実際のところ、彼には何もできなかった。瀕死の山東に寄り添って泣き叫ぶ恋人を見つめ、ただ踵を返すだけだったのである。
襲撃事件と同じころ、小四の父親は警備総部から嫌疑をかけられ、尋問を受けていた。戒厳令下の台湾では、国民党が共産党のスパイを炙り出すべく、人々に強引な尋問と拷問を行い、次々と粛清を行っていたのである(当時は数え切れないほどの冤罪があった)。小四の父は、劇中で描かれた範囲では拷問を受けずに済んだようだ。しかし、その代わりに父は大きな挫折を味わった。見当もつかない罪のために、彼は知人を――汪の言葉を借りれば「身内」を――政府に売り渡したのである。帰宅した父は精神状態を崩し、一家はかつての平穏を失った。
ここにきて、恋愛と暴力をめぐる小四の物語には、政治と権力の影がべったりと張り付く。父親への尋問は家庭に暗い影を落とし、また、「教師」という権力に対する小四の抵抗感を育てることにもなっただろう。学業にも、友人たちやグループにおける立場にも、そして小明との関係にも不安を抱えた小四は、怒りにまかせて権力に楯突く。父を侮辱する教師主任を前に、小四はバットで電球を叩き割り、そのまま学校を去るのだ。しかし、自らの所属をなくし、家族にも甘えられない今、小四のアイデンティティはいよいよ足場を失っていく。結果的に小四は小明への執着を深め、かくして物語は悲劇へと急速に突き進むのだ。