“エブリンの目”が表象するものとは
エヴリンは実の父親ノアとの間に子供をもうけていた。彼女はノアからーーおそらくこの名前は、聖書「ノアの箱舟」からの引用で、“水を司る者”という意味なのだろうーー生まれた娘のキャサリンを引き離し、魔の手から守り続けていた。「普通の人は知らないでいるが、時と場合で人は何でもできる」と豪語するノアは、エブリンにとって畏怖すべき存在なのである。
印象的なのは、エブリンの目。ギテスが鼻の手当てを受けているとき、彼女とこんなやりとりがある。
「(目の)緑の中に黒い点がある」
「その事ね。傷なのよ。虹彩に」
「傷?」
「生まれつきよ」
ギリシャ神話のオイディプースは、そうと知らずして父ラーイオスを殺め、母イオカステーと交わり子供をもうけた。やがて真相を知ったオイディプースは、絶望のあまり自ら両目をえぐりとる。“傷のついた目”は、近親相姦のメタファーだ。エヴリンは最後、その目を撃ち抜かれて死亡する。そして泣き叫ぶキャサリンの両目を覆うようにして、ノアは彼女をどこかへと連れ去っていく。
しかもポランスキーは、その悲劇の舞台にあえてチャイナタウンを選んだ。元々のシナリオでは、最後までチャイナタウンはスクリーンに登場しない。ギテスが記憶の奥底に閉じ込めている、“腐敗と堕落の象徴”として描かれるだけ。だが、自分自身が意を決してロサンゼルスに舞い戻ったように、ギテスにもチャイナタウンで決着をつけさせるべきだ、とポランスキーは考えた。そして、あまりにも有名なこのセリフを言わせるのであるーーー「as little as possible(怠け者の街だ)」と。母を失い、妻を失い、この世の地獄をみた彼にとって、この世界は祝福された場所ではない。
現在『チャイナタウン』は、ロマン・ポランスキーにとって最後のアメリカ作品となっている。映画公開から3年後の1977年、彼はジャック・ニコルソン邸で13歳の少女と淫行に及んだ嫌疑で逮捕された。釈放されると、アメリカと犯罪人引渡し条約を締結していないフランスへと脱出し、以降はヨーロッパで映画製作を続けている。彼は自らの手で、ロサンゼルスへ帰還する道を塞いだのだ。永遠に。
参考:
https://www.clevescene.com/cleveland/from-chinatown-to-niketown/Content?oid=1471805
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
『チャイナタウン 』
Blu-ray: 2,619 円 (税込) DVD: 1,572円 (税込)
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
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