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ケン・ローチ監督デビュー作『夜空に星のあるように』にみる、現代まで一貫した視点とは

©1967 STUDIOCANAL FILMS LTD.

ケン・ローチ監督デビュー作『夜空に星のあるように』にみる、現代まで一貫した視点とは

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キャロル・ホワイトの衝撃



 『ラストナイト・イン・ソーホー』(21)の撮影に入る際、エドガー・ライト監督は、アニャ・テイラー=ジョイとトーマシン・マッケンジー、マット・スミスに本作を見るように指示したのだという。


 「アニャ・テイラー=ジョイとトーマシン・マッケンジーにとっては、18歳のシングルマザーでパートタイムの写真モデルを演じるキャロル・ホワイトを見てもらうためでした。この映画でのホワイトの演技は、胸が張り裂けそうなほどリアルで、アルコール依存症と薬物の乱用でキャリアが頓挫し、48歳の若さで悲しい死を遂げた女優であることが、よりいっそう心に響きます。また、ローチ監督のドキュメンタリー的なリアリズムは、60年代後半のロンドンの”ありのまま”の姿を、他の多くの映画よりも正確に映し出しています」(エドガー・ライト)*1


『ラストナイトインソーホー』予告


 若い女性の違法中絶シーンが物議を醸した『アップ・ザ・ジャンクション』。ホームレスとなっていく若いシングルマザー(キャロル・ホワイト)が描かれた『キャシー・カム・ホーム』。これらの作品(特に後者)はテレビ放映後、イギリス国内で大反響を呼ぶどころか、その余波は国会にまで広がり、後の住宅法の改正にまで繋がったといわれている。本作を見た多くの視聴者がフィクションと現実の区別がつかず、ヒロインを演じたキャロル・ホワイトに、街で実際に金銭を差し出す人までいたという伝説も残している。トレーラーハウスが焼かれてしまうシーン、そして保護局によって子供たちと引き離されてしまうシーンが強烈で悲痛な本作の中、それほどまでに彼女の演技は真に迫っている。


 マリリン・モンローとブリジット・バルドーに憧れていたキャロル・ホワイトは、『アップ・ザ・ジャンクション』で、マリリン・モンローの「お熱いのがお好き」を歌う。また、『夜空に星のあるように』では、ブリジット・バルドーのフォトセッションを模したようなモデル撮影のシーンが用意されている。ここでキャロル・ホワイトは、自分自身を作品に投影させることで、フィクションの中にドキュメンタリーを裸のまま投げ込む(あるいはその逆)ケン・ローチによる「衝突」のアプローチと共鳴している。



『夜空に星のあるように』©1967 STUDIOCANAL FILMS LTD.


 キャロル・ホワイトは、ケン・ローチとの三部作で注目を浴び、その後ハリウッドへ渡る。ハリウッド映画第一作目にあたるマーク・ロブソン監督のスリラー『屋根の上の赤ちゃん』(69)は、直接的な猟奇描写は抑制されているものの、研ぎ澄まされた演出と技術によって、ストーカーの猟奇性が画面にその血流をドクドクと露出させている大傑作だ。ストーカーに変わり果てた元恋人に追い込まれていく母親を、キャロル・ホワイトは、ケン・ローチとの仕事の延長線上にある演技で呼応している。


 また、ジェームズ・B・ハリスの監督した『Some Call It Loving』(73)では、屋敷に住む夢魔的な女性を演じている。見世物小屋の出し物として利用されていた眠りから覚めない女性「スリーピング・ビューティー」を、主人公は屋敷に連れ帰る。眠れる美女を起こしてしまうことのリスクが、幻想と覚醒が反転していく形で描かれた異形の傑作だ。キャロル・ホワイトは危険な神経を剥き出しにしている女性を演じている。


 剥き出しにされたキャロル・ホワイトの神経。ケン・ローチのキャリアを追った素晴らしいドキュメンタリー『ヴァーサス/ケン・ローチ映画と人生』(ルイーズ・オルモンド/16)の中では、「キャロルは無防備な女性だった。ハリウッドに唆されてしまった」と語られていた。





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