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ケン・ローチ監督デビュー作『夜空に星のあるように』にみる、現代まで一貫した視点とは

©1967 STUDIOCANAL FILMS LTD.

ケン・ローチ監督デビュー作『夜空に星のあるように』にみる、現代まで一貫した視点とは

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『夜空に星のあるように』あらすじ

ロンドンの労働者階級に生まれた18歳のジョイは、泥棒稼業で生計を立てている青年・トムと成り行きで結婚し妊娠、出産する。ところが、トムは赤ん坊に無関心ですぐ彼女に手をあげる始末。トラブル続きのある日、トムが逮捕され、ジョイは叔母の家に厄介に。そこに夫の仲間だったデイヴが訪ねてくる。やがて彼女は優しいデイヴに惹かれ一緒に幸せな日々を送るが、彼もまた逮捕されてしまう。獄中のデイヴに手紙を書き続けながらジョイはまだ幼い息子ジョニーとともに懸命に生きていくがーーー。


Index


感情の色彩と衝突



 ケン・ローチの劇場長編デビュー作『夜空に星のあるように』(67)は、BBC制作のアンソロジードラマ『アップ・ザ・ジャンクション』(65)、『キャシー・カム・ホーム』(66)に続く「キャロル・ホワイト三部作」の集大成として位置付けられる。


 映画作家のキャリアの幕開けが出産シーンで始まるという、なんとも象徴的な物語性を感じずにはいられない本作には、その後のケン・ローチが試行していくテーマや方法論が如実に読み取れる。と同時に、ここには試行期間ならではの原石の輝きが、抑制されたトーンの内側で衝動のように渦巻いている。集大成にして出発点。ジョイ(キャロル・ホワイト)の衣装も含め、ライトブルーを基調にする色彩設計は、曇天模様なロンドン郊外のモノクロームな色彩と混ざり合うことで、画面に独特の淡い色合いを滲ませていく。この画面の中心をブロンドヘアのジョイが闊歩することで、彼女の髪の眩しさが、淡いモノクロームに咲いた花のように心地の良い衝突さえ生んでいる。


『夜空に星のあるように』予告


 この衝突する存在こそ、本作の、そしてケン・ローチの方法論とダイレクトに繋がっている。出産からたった一日早い退院をしたジョイに対して、まったくデリカシーのない言葉を投げかける夫。仲間を連れたパブで、夫はジョイをからかう。それは一見冗談のように見えるが、妻をからかうことで目の前の女性が自分の支配下にいることを仲間に誇示しているようにも見える。ジョイは軽い衝突を繰り返しながら、ギリギリのところで夫との決定的な衝突だけを回避している。ジョイが衝突を回避する術を意識的に身につけていることは、不幸なことともいえる。しかしそれは蓄積されていく。ジョイは若くしてこの男性と結婚したことを既に悔いている。人生を左右する大事な判断を誤ったことに彼女は自覚的だ。


 予期された事件が起こる。タフガイを気取る夫が強盗の現行犯で警察に捕まる。このとき生まれたばかりの赤ん坊を抱えながら事の一部始終を見つめるジョイの諦念とも安心ともつかない冷えきったまなざしが、本作のジョイというキャラクターをよく表している。囚われの女だったジョイは、夫が囚われることで本当の恋を獲得する。男性が監禁されることで初めて生まれた関係性の「図」は運命的であり、象徴的ですらある。ジョイは相手が囚われの身であるときに自由になる。ジョイにとって、男性は時に足枷な存在なのかもしれない。



『夜空に星のあるように』©1967 STUDIOCANAL FILMS LTD.


 それでも男性なしの人生は考えられないと、ジョイは語る。時に気を紛らわせてくれるような、ちょうどいい男性を彼女は求める。しかし、彼女にも小さな息子にも親密に向き合ってはくれるが、犯罪者であることも隠さないデイヴ(テレンス・スタンプ)との「真実の恋」においても、それは繰り返されてしまう。ジョイが人生に望んでいることは、まったく夢見がちなことではない(しかし”ジョイ”とは、なんという名前だろう!)。彼女はどちらかといえば乾いた現実主義の世界を生きている。ここには内なる衝突がある。ジョイが画面に滲ませていく感情のグラデーションをケン・ローチは掬い上げる。


 「自由という言葉に僕は慎重になる。それは思い出すから。きみに愛された瞬間を」。物語の岐路を分けるシーンで、デイヴがギターを片手に弾き語るドノヴァンの歌の一節。この一節は、恋人たちのかけがえのない瞬間への響きのみならず、ジョイというキャラクターの自由、流動性に対しての残酷な響きでもある。囚われの女であり、男性が動きを封じられることで、初めてささやかな自由を纏う女でもあるジョイ=キャロル・ホワイトが体現するものだ。





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