分断の溝を埋めるために
主人公のビルは複雑な事情を抱えた男だ。白人の肉体労働者であり、経済的には恵まれないが、年老いた母親の面倒を見ながら、服役中の娘・アリソンを支えたいと願っている。しかしビルは決して賢いわけではなく、おまけに逮捕歴もある。そんな父親をアリソンは信頼できずにいるが、ひとつ確かなことは、彼が不器用ながらも一生懸命に生きているということだ。
ビルと母親が暮らすオクラホマ州は、宗教・政治の両面で保守的な考え方が強く、共和党の支持者が多い。1984年以降、アメリカ大統領選で共和党の候補者が勝利し続けており、ドナルド・トランプ元大統領の支持者が多かったことでも知られる土地だ。デイモンが体現するビルのビジュアルは、現地の報道などでもよく映し出される“保守的な白人男性”のイメージをそのまま再現したかのよう。国鳥であるワシのタトゥーを彫っているところも象徴的だろう。
そんなビルが娘の無実を証明するために訪れたのは、奇しくも“移民の街”である港町・マルセイユだった。ビルに協力するヴィルジニーは舞台女優であり、リベラルな考え方の持ち主。両者の考え方や立ち位置は、ときに交わらないどころか衝突することになる。
『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.
たとえば、とある場面でビルとヴィルジニーは乱暴な証言者の男と対面する。フランス語が話せないビルに代わり、ヴィルジニーは“アキムを覚えていないか”と写真を見せながら質問するが、男はマルセイユで移民の存在感が増していることに不快感を示し、「適当に顔を指せばいい、(アラブ系は)どいつもそう変わらない」と言い放ったのだ。ヴィルジニーは「彼はレイシストだ!」と激昂して話を打ち切るが、ビルは娘のためにと粘り、「ああいう奴らと一緒に俺は働いているんだ」と一言。ヴィルジニーはその態度にも激怒するが、また別の場面では、ヴィルジニーの友人がビルに「トランプに投票したの?」と先入観だけで尋ねることを止めようともしない。
しかし重要なのは、ビルとヴィルジニーが決裂せず、逆にゆるやかな関係性を築き上げていくことだ。ビルはヴィルジニーの娘・マヤとも仲良くなり、本物の家族との間では叶えられなかったような擬似家族関係を実現していく。それは、ともすれば政治的・思想的には相容れない者同士が、相手の“わからなさ”を前にしながらもただ「そこにいる」こと、すなわち互いを拒絶しないということだ。
同じことはビルのアリソンに対する態度にも言える。父親として娘の無実を信じるビルだが、事件の真相はアリソンにしかわからないのだ。その容赦ない“わからなさ”を前にしても、ビルはアリソンを訪ね、信頼されたいと願いながら「そこにいる」。ふたりの関係性には幾度となく変化が生じるが、彼らは距離感を変えながら、お互いの“わからなさ”に、あるいは周囲に広がる複雑さや曖昧さに、自分の身をさらすのである。