脚本上の役柄にふさわしい俳優を起用する
それから30年以上の月日が流れたわけだが、『CODA』のキャスティングの過程で、マトリンはシアン・へダー監督と共に「耳の聞こえない役柄があるのに、耳の聞こえない優秀な俳優を起用しないのは考えられない」と主張し、もし彼らを採用しないのであれば自分はこの役を降りるとまで言い切ったという。
結果的にその熱意が伝わり、演劇コミュニティの中から父親役のトロイ・コッツァーや、兄貴役のダニエル・デュラントが抜擢された。
コッツァーは語る。「僕が若い頃、耳の聞こえない俳優が出演する映画を人生で初めて観た。自分もいつの日か、映画の仕事ができるのではないかと、すごく希望をもらったのを覚えている」。この時彼が観たのは、他でもない『愛は静けさの中に』。80年代にマトリンが投げかけたメッセージは、確実に多くの人の心に届いていたのである。
『コーダ あいのうた』© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
今回、『CODA』はアカデミー賞作品賞にノミネートされている。聴覚障がいを抱えた俳優らで主要キャストを占める作品が、同部門に候補入りするのは史上初。また、型にはまらない豪快な父親役で感動を届けてくれたコッツァーも、助演男優賞にノミネートを果たした。
いま確実に言えるのは、今後、映画づくりの常識やあり方は大きく変わるということだ。
そういった意味でも映画史に新たな1ページを切り開いた本作だが、同時にこの快挙は突然起こったのではなく、歴史の中で少しずつ達成され、更新されてきたものであることを我々は知っておかねばならない。