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『コーダ あいのうた』歌声響く力強い家族の物語が、映画史に打ち立てたもの

© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

『コーダ あいのうた』歌声響く力強い家族の物語が、映画史に打ち立てたもの

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マーリー・マトリン主演『愛は静けさの中に』がもたらしたもの



 また、耳の聞こえない役柄には、同じく耳の聞こえない俳優を起用するという基本理念が貫かれた。そのキャストの要となったのは、母親役のマーリー・マトリンである。



『コーダ あいのうた』© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS


 思えばマトリンは、『愛は静けさの中に』(86)で映画デビューした瞬間から、多様性の幅を広げてきた人だった。80年代に大きな注目を集めた同作で、彼女は一人の男性(ウィリアム・ハート)と愛を育む主人公サラ役を演じる。しかし幸せに包まれていたはずのサラはふと戸惑いに直面する。自分の心の内側に広がる世界を、恋人と共有できていないことに気づくのだ。


 二人はバッハの音楽の素晴らしさを全身を使って伝え合おうともするが、齟齬は広がっていくばかり。その”もどかしさ”を、耳の聞こえないサラは偽りなく率直に相手へぶつける。ここで激しい手話の動きによって吐き出される感情は、極めて深いメッセージ性を持つものだった。


 「これまでずっと、周りの人々が私の感情を勝手に作り上げてきた。本当の私を見ることなく、勝手に『これはサラのためだから』と考えて、私を押し込めようとする。そんなのもうたくさん!」


 もしかすると、これは恋人へ向けて発せられた言葉であるのみならず、あらゆるものを既存の枠組みへ押し込めようとする社会や、我々観客にさえ向けられた言葉だったのかもしれない。


 ウィリアム・ハート演じる恋人は、この言葉を真正面から受け止める。サラもまた自分が何を望んでいるのか、本当の幸せとは何なのかを追い求める。そうやって互いに感情を吐露しあい、許し合い、学び合い、心の内側にあるものを深く汲み取り、なおかつ傷つくことを恐れず歩み続けようとするのである。


 1986年の公開時、マトリンはまだ21歳。結果的に彼女は、この役でアカデミー賞主演女優賞を史上最年少で獲得する栄誉に輝いた。聴覚障がいを持つ俳優が同賞を受賞するのも史上初だった。




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