※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『コーダ あいのうた』あらすじ
豊かな自然に恵まれた海の町で暮らす高校生のルビーは、両親と兄の4人家族の中で一人だけ耳が聴こえる。陽気で優しい家族のために、ルビーは幼い頃から“通訳”となり、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、秘かに憧れるクラスメイトのマイルズと同じ合唱クラブを選択するルビー。すると、顧問の先生がルビーの歌の才能に気づき、都会の名門音楽大学の受験を強く勧める。だが、ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられず、家業の方が大事だと大反対。悩んだルビーは夢よりも家族の助けを続けることを選ぶと決めるが、思いがけない方法で娘の才能に気づいた父は、意外な決意をし…。
Index
- いきいきとした生の魅力、家族の素晴らしさに満ちた傑作
- マーリー・マトリン主演『愛は静けさの中に』がもたらしたもの
- 脚本上の役柄にふさわしい俳優を起用する
- ティーンエージャーの旅立ちという普遍的なテーマ
いきいきとした生の魅力、家族の素晴らしさに満ちた傑作
こんなに清々しく爽やかな涙を流したのは久しぶりだ。物語のメインとなるのは、耳が聞こえない父母と兄、そして家族の中で唯一耳が聞こえるティーンエージャーの娘からなる、4人の家族(この場合、娘のことをCODA・・・Child of Deaf Adultsと呼ぶ)。日々の暮らしの中で、自分の気持ちを素直に伝え合う家族の姿が描かれ、彼らの表情や行動力は、物語の鼓動となって隅々にまで広がっていく。観客を傍観者に留めることなく、映画の内へとダイナミックにいざなっていく手腕に、気持ちよく心動かされる自分がいた。
ご存知の方も多いように、『コーダ あいのうた』(※以下『CODA』)はフランス映画『エール!』(14)のリメイクである。ただし、ところ変わればその印象や設定もガラリと変わるもので、前作ではフランスの田舎町に暮らす酪農一家を描いていたのに対し、本作ではマサチューセッツで漁業を営む家族が、冒頭からパワフルな存在感を焼き付ける。
『コーダ あいのうた』予告
そしてなんと言っても『CODA』で大きく壁を破ったのが、聴覚障がいを抱えた人々やコミュニティの描き方である。本作を、観客がより深く寄り添える映画へと高めていくためには、『エール!』の単なる焼き直しにとどまらない、妥協のない映画づくりが欠かせなかった。
まずもって、シアン・へダー監督自身がアメリカ式手話(ASL)を学び、俳優陣やスタッフと密接にコミュニケーションを取りながら作業を進めた。また、へダー監督が手掛けた脚本についても、アドバイザーが深く関わり、作品の時代、地域、性別などを鑑みながら、的確なASLへと翻訳されていった。参加する一人一人が作品の核たる部分を深く理解し、なおかつ観客に向けてごまかしのない描写を伝えるためにも、この”基盤づくり”は徹底して行われた。