ティーンエージャーの旅立ちという普遍的なテーマ
『CODA』という映画が輝いている理由にはもう一つの側面がある。若者たちが夢に向けて巣立っていく普遍的な姿が、実に力強く描かれているのだ。
映画は合唱クラブのコンサートで最高潮の盛り上がりを迎える。その主人公ルビーのデュエットのくだりで、へダー監督は巧妙な演出を仕掛けてみせた。我々観客を、美しい歌声を届けるルビーの側ではなく、耳の聞こえない両親の視点にしっかりと寄り添わせるのである。
しばし広がる”音のない世界”。周りには歌声に感極まってハンカチで目頭を押さえる者もいる。だが、美しく響きわたっているであろうその歌声を、ルビーの両親は直接耳にすることができない。これだけ長く一緒に暮らしてきた娘について、自分たちはなんでも知っているようで、しかし理解できていないところがあるのではないかーーそんな戸惑いや葛藤があふれ、両親は改めて彼女の素晴らしさを知りたいと心から願う。ずっと平行線だった両者の感情のベクトルは、この場面を機に急速に結びついていくわけだ。
『コーダ あいのうた』© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
障がいの有無にかかわらず、ティーンエージャーの親ならば、こういった心境はきっと一度や二度、何らかの形で経験したことがあるに違いない。
そして何よりも素敵なのは、コンサート場面では"無音"として表現されたルビーの歌声が、クライマックスでは耳の聞こえない家族がしっかりと受け止められる特別な手法で、美しく愛情たっぷりに奏でられる点である。
ここでふと思い出すのはタイトルの意味だ。”CODA”には「Child of Deaf Adults (聴覚障害の親を持つ子供)」の他に、音楽用語として「楽曲や楽章の終わりに、高揚や重みなどをもたらすため設けられた”締めくくり”の部分」といった意味もある。
愛する家族のために特別に捧げられたクライマックス・シーンは、まさにこの「締めくくり」にふさわしい。まるで旅立ちの儀式を見ているかのような感動がそこにはあふれ、映画が終わってもずっと我々の心を清々しい余韻で満たし続けてくれるのである。
参考記事:
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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配給:ギャガ GAGA★
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS