アンダーグラウンド・コミックの先駆者
ロバート・クラムは自費出版、つまりアンダーグラウンド・コミックの先駆者だった。1960年代後半。アメリカは古い価値観に反旗を翻す若者たちの文化、カウンターカルチャー全盛だった。ベトナム反戦運動、公民権運動、性の解放。そして娯楽でも、既成の表現に対するアンチテーゼは様々な形で表出した。
映画では、勧善懲悪、善男善女の物語は説得力を失い、アウトローに共感を寄せるアメリカン・ニューシネマの傑作群が誕生した。そして、子供の読み物だったコミックの世界に現れたのがロバート・クラムだった。彼は「ZAP」というアングラコミックの編集を任され、「毒」によって社会を鋭く風刺する独自の作風で、ティーンエイジャーを中心に大きな影響を与えたのだ。
クラムの作品で一番有名なのは「フリッツ・ザ・キャット」だろう。猫のフリッツは大学をドロップアウトし、マリファナとセックスにおぼれるいい加減な猫(男)だ。それまでのコミックにはなかった主人公像は人気を集め、『フリッツ・ザ・キャット』(72)としてアニメ映画となり、大ヒットを記録。クラムは一躍、時代の先端をいくアーティストとなり、ジャニス・ジョップリンのアルバムジャケットも執筆した(ローリング・ストーンズからも依頼されたが実現しなかったという)。
多くの作家はこうした成功を手に入れると、自らの初期衝動に折り合いをつけ、俗化の道を選ぶ。つまり表現を柔らかくし、大衆的な作風になる場合が多い。しかしクラムは全く逆だった。作風は先鋭化していき、毒素も増量。ことに性描写は強烈になっていく。
『クラム』©1994 Crumb PartnersⅠALL RIGHTS RESERVED
彼のごく初期の作品「ジョー・ブロウ」は、一見健全なアメリカの郊外に住む家族が、近親相姦に目覚める様を描く。父は説教しながら娘に自分の性器をくわえさせ、母はボンテージファッションで息子を誘惑する。最後に父は母の肩を抱き寄せ、さわやかな笑顔でこう断言するのだ。「子供と遊ぶのがこんなに楽しいものだとは思わなかったよ!」
さらにクラムの作風で有名なのが女性の肉体描写。足と尻が異様に逞しい女性ばかりが登場する。それこそが彼のフェティシズム=性的嗜好なのだが、作中でそれを隠すどころか、そんな女性たちの肉体を弄ぶことに何らためらいもない。
「僕はアメリカの恐怖を描いたんだ」
彼の作風はアメリカの醜い潜在意識を描いたと言われるが、そこには多分にクラム自身の女性蔑視、人種差別的な傾向も反映されており、手放しで礼賛するにはあまりにも毒が強すぎる。そんな過激な作家性は一体何に由来するのか。