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『クラム』アメリカン・コミックスの変革者の深淵=狂気を覗き込んだドキュメンタリー

©1994 Crumb PartnersⅠALL RIGHTS RESERVED

『クラム』アメリカン・コミックスの変革者の深淵=狂気を覗き込んだドキュメンタリー

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作家性の源泉は家族の抑圧



 本作は家族への取材でクラムの作家性のルーツを解明していく。5人兄妹の次男坊だったクラムは5歳の時父に殴られ、鎖骨を骨折した経験を持つ。元軍人の厳格な父から虐待を受けて育ち、しかも両親は不仲だった。子供たちは肉体への暴力と、両親の喧嘩による精神的ストレスにさらされる日々を送った。


 そんな少年期の体験が、クラムから自己肯定感と自尊心を奪ったことは明らかだ。その欠落を埋めるため、彼は兄と一緒にコミックを描くことに熱中するようになる。そして10代の彼は「普通」という価値との決別を決心する。「13か14の頃 普通の少年っぽくふるまおうとした。普通に行動しようとして 結果は無残に失敗。努力をやめ、僕は影になった。この世に僕が存在することに誰も気づかない…」


 世界に対し、どこにも居場所がないと感じるクラムはひたすらコミックを描き続け、若くして一流のアーティストになった。そして世間を挑発するような作品を発表し続ける。そんな彼に監督は尋ねる。なぜ作品を描き続けるのかと。「さあね。メッセージを送ろうという気はさらさらないよ。自分をさらけ出しているだけさ。描く意味なんて僕には分からない。必要なのは描くチャンスに食らいつく勇気だ。どうなるのか。何が現れるのか…」


 本作で印象的なのは、街を歩く通行人をクラムが一心不乱にスケッチする姿だ。自分の前を通りすぎ、二度と会わないであろう人々を観察し、見事な筆致で描き出す。それは身の回りのものを紙に定着させることで、自分の世界を必死に築こうとしているかのようにも見える。



『クラム』©1994 Crumb PartnersⅠALL RIGHTS RESERVED


 もう一つ印象的なのは、彼の笑いだ。クラムは時にふざけて、女性の背中におぶさったり、深刻な話をする時も常にヘラヘラと笑っている。家族がシリアスな告白をしていてもそれを聞いて笑い転げるのだ。


 そんな彼を見ていると、底の見えない崖の縁で笑い踊るピエロを連想してしまう。深淵=狂気に落ち込まないよう、彼は腕をばたつかせ、腰をくねらせながらバランスをとりつづける。その姿は時に滑稽で愛らしくさえ見える。


 正気を保つために深淵の縁でダンスを踊る稀代の表現者。本作はそれを捉えた傑作ドキュメンタリーと言えるだろう。だからなのか、鑑賞する度に、そこはかとない哀しみとうすら寒さを感じずにはいられない。


 クリエイターの深淵を覗いてみたいなら本作を見るべきだ。しかしそこには観客をも侵すかもしれない猛毒が潜んでいることも、また覚悟しなければならない。


参考文献:「ロバート・クラム BEST」 著者 ロバート・クラム 編・訳者 柳下毅一郎(河出書房新社)



取材・文:稲垣哲也

TVディレクター。マンガや映画のクリエイターの妄執を描くドキュメンタリー企画の実現が個人的テーマ。過去に演出した番組には『劇画ゴッドファーザー マンガに革命を起こした男』(WOWOW)『たけし誕生 オイラの師匠と浅草』(NHK)『師弟物語~人生を変えた出会い~【田中将大×野村克也】』(NHK BSプレミアム)



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『クラム』

全国順次公開中

配給:コピアポア・フィルム、オープンセサミ、Lesfugitives

©1994 Crumb PartnersⅠALL RIGHTS RESERVED

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