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『ベルイマン島にて』誰にも奪い去ることができない彼女の物語

© 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

『ベルイマン島にて』誰にも奪い去ることができない彼女の物語

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ベルイマンから遠く離れて



 『ベルイマン島にて』を観る際、予備知識としてイングマール・ベルイマンの映画を知っておくことはそれほど必要ない。ミア・ハンセン=ラブは、むしろベルイマンのやらなかったことをベルイマンの聖地フォーレ島でやろうとしている。ベルイマン映画をリスペクトしながら、ベルイマンとはまったく似てない映画を作る。そこにミア・ハンセン=ラブの野心がある。本作でエイミー役を演じたミア・ワシコウスカがインタビューで語っているように、この映画は、ベルイマン映画の厳しさよりも、エリック・ロメールの親密なタッチに近い。それは、実際のフォーレ島がベルイマン映画の持つ厳しさからほど遠く、豊かな色彩と光に溢れた穏やかなイメージだったからという。劇中、クリスはフォーレ島について独特の感想を夫に漏らしている「穏やかで完璧すぎて息が詰まる」。


 ミア・ハンセン=ラブは、前作『MAYA』(18)の撮影においてインドの地を訪れ、撮影と同時進行で脚本を書いていくというプロセスを経ている。『ベルイマン島にて』では、クリスの執筆作業と彼女が思い描く映画のイメージが同時に提示される。同時進行の物語。本作はクリスとトニーによる、フォーレ島にインスピレーションを求める二人の映画作家の物語と、クリスが頭の中で思い描く映画の登場人物たちによる、二重の劇構造を持っている。



 『ベルイマン島にて』© 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma


 クリスは「ベルイマン・サファリ」と名付けられた観光ツアーを抜け出し、トニーと別行動をとる。ベルイマン映画のヒロインを多く務めたビビ・アンデショーンと同じサングラスを買い、クリスの冒険=物語がここから始まる。サングラスを身に着け、ビビの視点を得たクリスは、若い学生と共に小さな旅に出る。本作において、この別行動が重要なのは、クリスの小さな冒険が、男性的な視点からの解放を示しているだけでなく、彼女がベルイマンの視点ではなくビビの視点でフォーレ島の出来事を見つめていることだろう。ビビの視点を得ることで、クリスはこの島を覆っているベルイマンの亡霊から少しの距離を取ることに成功する。


 トニーとクリスは現地のスタッフと共に、ベルイマンの人生や私生活について議論する。ベルイマンは6人の女性との間に9人の子供を授かっている。映画や舞台と多忙なキャリアを送ったベルイマンの生活に育児の時間がなかったのは明白であり、そのことをクリスは批判的に言葉にする。第一に、女性の映画作家である自分が同じことをするのは、まず不可能であること。そして、好きなアーティストにはいい人であってほしいという切実な希望。この議論は、女性のアーティストが生きていくことや、男性主導の創作物が何を軽視してきたかを浮かび上がらせている。





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