『FLEE フリー』アニメーションだからこそ真実を伝えることが可能になった奇跡

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2022.06.08斉藤博昭

実写部分が非現実にも感じる逆転の感覚

　『FLEE フリー』のアニメーションは、シンプルな2Dのスタイルだ。結果として、このシンプルさが普遍的な感動を誘う要因になったと感じる。とくに1990年代のカブールのシーンは、国境を超え、普遍的なノスタルジーを感じさせる味わい。祖国を逃れ、モスクワでの怯えるような暮らしぶり、そこから何度もの脱出の試みとその過酷さ、そしてデンマークで見つける愛……と、アミンの運命はあまりにも劇的だが、これをシンプルなアニメで再現することで、温かみ、優しさが中和する。そんな効果を体感できる。

　そしてアミンの運命でも最も苛烈な瞬間は、アニメのタッチが変わる。人間の顔もわからないほど省略され、モノクロで迫ってくるその画風は、アミンの恐怖感や衝撃、無念を、観ているこちらに鋭く伝えるうえで巧妙だ。何度か訪れるこのタッチの変化によって、現実に引き戻される感覚だ。

　ちなみに流れる声は、アミンのモデルとなった人物と監督本人のもの。完成した映像に合わせて録音されたわけではなく、作品のために、あらかじめ行われたインタビューの音声が使われている。余談だが、英語の吹替版では、本作に感銘を受けてエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねた、『サウンド・オブ・メタル〜聞こえるということ〜』（19）のリズ・アーメッドと、「ゲーム・オブ・スローンズ」（11〜19）のニコライ・コスター＝ワルドーが2人の声を担当した。

　また、“現実に引き戻される”という意味で、劇中にはいくつか実写の映像が挿入される。それは1980年代から1990年代にかけてのアフガニスタンやモスクワの日常風景を収めたもの。ニュース映像の一部も見受けられる。これらはラスムセン監督がYouTubeで見つけてきたのだが、アニメーションで描かれた物語がフィクションであることを、ふとした瞬間に認識させる。『戦場でワルツを』でも終盤に実写が使われて、同じような効果をもたらすが、アニメを“現実”として受け止めながら観てきたわれわれは、実写部分に逆に“非現実感”を味わったりと混沌とした気分にもなる。これもアニメーション・ドキュメンタリーの、ひとつの特性かもしれない。

　現在、『FLEE フリー』の主人公アミンは研究者となり、デンマークでパートナーと幸福な生活を送っているという。

　ラスムセン監督は完成したばかりの『FLEE フリー』を、アミンとそのパートナーと一緒に観た。そしてアミンに感想を聞くと、しばらく無言の後、彼はこう言った。「僕にはこれが良い映画かどうかわからない。自分の運命が描かれた作品を冷静に判断はできない」

　しかしその後、各国の観客は『FLEE フリー』に感動することになる。語られるべきだが、語ることが難しい現実が、アニメーション・ドキュメンタリーという手法によって世界中に伝えられた。これも映画が起こす、ひとつの奇跡と言えるだろう。

文：斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。

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『FLEE フリー』

6月10日（金）新宿バルト9、グランドシネマサンシャイン池袋他全国ロードショー

配給：トランスフォーマー