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『ドント・ウォーリー・ダーリン』偽りのユートピアに迷い込んだアリスの冒険※注!ネタバレ含みます。
2022.11.17
鏡の国のアリス,フランケンシュタイン,バスビー・バークレー
凝り固まったジェンダーロールによる偽りのユートピア、ビクトリータウン。そこに迷い込んだ主人公の名前がアリスなのは、明らかにルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」にちなんだものだ。いや、謎の建造物“本部”の鏡を通じて別の世界へと入り込むという設定は、その続編「鏡の国のアリス」に近いかもしれない。アリスが家父長制という悪夢から逃亡しようとすると、どこからともなく赤い服を着た男たちが現れてそれを阻止するのは、敵役・赤の女王からのインスパイアか。
この街では、ミッド・センチュリー・モダンな邸宅が立ち並んでいたり、フォード・サンダーバードだのシボレー・コルベットだのクラシックな名車に乗っていたり、奥様方がカラフルで艶やかな衣装に身を包んでいたりする。’50年代のアメリカ郊外を舞台にしているとはいえ、過度にカリカチュアされているのは、ここがファンタジーの世界であることを示している。
『ドント・ウォーリー・ダーリン』© 2022 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
ビクトリー・プロジェクト創設者の名前がフランク(クリス・パイン)なのは、「フランケンシュタイン」にちなんだものだろう。1818年に発表されたこの怪奇小説は、「科学者ヴィクター・フランケンシュタインが、死体のパーツを繋ぎ合わせて“理想の人間”を創り上げようとするも、世にも醜い怪物を生み出してしまった」という物語。『ドント・ウォーリー・ダーリン』もまた、「天才エンジニアのフランクが、プログラムを開発して“理想の社会”を創り出そうとするも、出来上がったのはおぞましい男性優位社会だった」という物語だ。
「フランケンシュタイン」の原作者はイギリスの小説家メアリー・シェリーだが、フランクの妻の名前もシェリー(ジェンマ・チャン)。終盤で、彼女はフランクの腹部を刺して「後は私が対処するわ」と言い放つが、それは彼女こそが“創造主の創造主”という暗示なのかもしれない。
また、『ドント・ウォーリー・ダーリン』で印象的に使われているのが、無数の女性たちが幾何学的な動きをするモノクロのダンス・シーン。この振り付けは、’30〜’40年代に活躍したミュージカル・コレオグラファー、バスビー・バークレーを参照したものだろう。真俯瞰で女性たちを見下ろした万華鏡のようなショットは、いかにもバークレーっぽい構図だ。
“ミュージカル映画の魔術師”と呼ばれた彼の独創的な振り付けは、豪華絢爛で見目麗しく、えも言われぬ美しさに満ちていた。一糸乱れぬ動きは、まるでマスゲームのよう。そう、女性ダンサーたちの役割はマスゲームの駒なのだ。男性を楽しませるためだけの。その真実に気づいてしまったアリスは、バークレー風ミュージカルを悪夢として見続けることになる。
「鏡の国のアリス」、「フランケンシュタイン」、バスビー・バークレー。古典からのリファレンスを周到に織り込むことで、『ドント・ウォーリー・ダーリン』はナラティヴとしての強度を勝ち得ている。