「パンのないパン皿」に込められた批評性
「ダークになりすぎたりコメディになりすぎたりすると、(この手の映画は)偏りが出やすい。この作品にはユニークかつ鋭いエッジが必要で、それは私たち全員にとってユニークでクリエイティブな挑戦だったよ」とマーク・マイロッドは語る(※)。
その「ユニークかつ鋭いエッジ」を表現するために招聘したのが、ミシュラン三つ星を獲得したレストラン「アトリエ・クレン」のシェフ、ドミニク・クレン。彼女は脚本チームとタッグを組んで、「ホーソン」の底抜けに魅力的で底抜けに意地悪なメニューを考案していく。
筆者が特に強烈な印象を覚えたのが、「パンのないパン皿」。パンが有名なレストランなのに、ソースだけが提供されるのだ。ここまでくると、もはや美味しいとか美味しくないを通り越して、 極めて現代アート的なアプローチ。かつて、現代美術家のマルセル・デュシャンが小便器を「泉」というタイトルで出品したかのような。
『ザ・メニュー』©2022 20th Century Studios. All rights reserved.
客たちは訝しげな表情を見せながらも、スローヴィクの御大層なゴタクに耳を傾け、自分なりに咀嚼して納得し、ありがたくソースを舐め続ける。なんとマヌケな行為であることか!批評される立場の者が、批評する者=富裕層に対して強烈なカウンターを食らわすのだ。映画批評という仕事の隅っこにいる当事者として(もちろん筆者は富裕層ではないけれど)、正直このシーンにはいろいろ考えさせられてしまった。
またマーク・マイロッドは、軍隊のような規律を重んじる厨房の料理人たち、お腹も自尊心も満たしたい客たちと、個性が強いキャラクターが数多く登場する群衆劇を作るにあたり、最も参考にした映画が、ロバート・アルトマンの『ゴスフォード・パーク』(01)だと明言している。これもまた、イギリス郊外のカントリーハウスを舞台に、裕福な貴族たちの人間模様を描いた群衆劇。いかにもロバート・アルトマン的な、どこかねじれたユーモア・センスが画面に横溢している。『ザ・メニュー』がまとっているイギリス映画的感性は、アダム・マッケイではなく、イギリス人のマーク・マイロッドが演出したからこそ生まれたものなのかもしれない。
人々の虚栄心や自尊心を丸裸にする、血生臭い風刺劇。この料理は、とてもキケンだ。
※ https://www.thewrap.com/the-menu-mark-mylod-toronto-interview/
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
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『ザ・メニュー』
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配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2022 20th Century Studios. All rights reserved.