1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. あのこと
  4. 『あのこと』インディペンデント・ライフ、女性の決意
『あのこと』インディペンデント・ライフ、女性の決意

© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS

『あのこと』インディペンデント・ライフ、女性の決意

PAGES


インディペンデント・ライフ



 「モチーフの繰り返しに何の意味が?」。学校の授業でアンヌは教師から質問を受ける。この質問は、『あのこと』における反復の構造と関わっている。まだ妊娠の事実を知らないアンヌが女友達とパーティーに出向くとき、彼女は他人に見られることをまだ楽しめている。しかし妊娠が発覚した後、再びパーティーに向かうとき、他者からの視線はアンヌにとって暴力以外の何ものでもなくなる。アンヌにとって声を掛けてくる男性たちは、纏わりつくハエ以上の有害な存在へと変化している。反復と差異。本作では女子寮のシャワールームや教室での授業風景のように、繰り返される空間がそのときのヒロインの意識の流れによって、まったく別の空間に変容していく。相手に悪意があろうとなかろうと、アンヌは他者からの視線に敏感になっていく。


 中絶という「違法行為」を決意したアンヌは以前の彼女ではない。目の前にいる相手が自分の味方なのか、それとも自分を警察に突き出す敵なのか、あらゆる方向からの恐怖を感じながらアンヌは生きている。歩くアンヌを背後から追いかけるカメラが、強い不安をフィルムに滲ませていく。アンヌの視界の前方はソフトフォーカスによってボヤけている。アンヌは何も知らないふりをする。大丈夫なふりをする。作り笑いでその場をやり過ごす。風景から切り離され、孤立の影を深めていくヒロイン。なぜこのような屈辱を受け入れなければならないのか?アンヌの無言の怒りのまなざしは、言葉以上に多くのことを語っている。



『あのこと』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS


 アパートの一室で非合法の中絶手術が行われる。アンヌと同じように多くを語らない担当の女性。必要な情報だけを得て、余計な詮索をせず、ただただ実務をこなしていくこの女性は、アンヌにとってどこか安心できる存在なのかもしれない。カメラは手術台で脚を広げたアンヌの表情ではなく、アンヌの背後からこの女性の「労働」を捉える。


「私はこの映画を若い女性として始め、女性として完成させたのです」(アナマリア・ヴァルトロメイ)*1


 『あのこと』は一人の若い女性の痛みを通して、ヒロインの強い決意、感覚や意識の流れを観客と共有していく。いっさいの自己憐憫を入れずに。アンヌが自分の選択のために犯罪者になる必要はない。作家になりたいというアンヌの決意を何者も奪うことはできない。インディペンデント・ライフ。個人の回復という独立宣言。この映画は、ひとりで生きることを決めた女性の権利を奪い返している。


*1 RogerEbert.com [A Story Beyond Gender: Audrey Diwan and Anamaria Vartolomei on Happening ]

*2 Cine-Woman.fr [Les tops 5 d’Audrey Diwan]



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。




『あのこと』を今すぐ予約する↓





作品情報を見る



『あのこと』

12月2日(金)Bunkamura ル・シネマ他 全国順次公開中

配給:ギャガ

© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. あのこと
  4. 『あのこと』インディペンデント・ライフ、女性の決意