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『あのこと』インディペンデント・ライフ、女性の決意

© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS

『あのこと』インディペンデント・ライフ、女性の決意

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※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。


『あのこと』あらすじ

アンヌの毎日は輝いていた。貧しい労働者階級に生まれたが、飛びぬけた知性と努力で大学に進学し、未来を約束する学位にも手が届こうとしていた。ところが、大切な試験を前に妊娠が発覚し、狼狽する。中絶は違法の60年代フランスで、アンヌはあらゆる解決策に挑むのだが──。


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痛みを省略させないために



「妊娠中絶に触れている小説はたくさんあるにしても、それが正確にどう行なわれたかという、その方法に関する詳細を提供してはくれない。若い女が妊娠しているのを知った瞬間と、もはやそうではなくなった瞬間とのあいだには省略がある」(アニー・エルノー「事件」)


 望まない妊娠による女性の心身の変化が克明に描かれた、オードレイ・ディヴァン監督作『あのこと』(21)。本作は、アニー・エルノーが自身の中絶体験を振り返る「事件」を原作としている。舞台は1963年のフランス、中絶が合法化される12年前のこと。原作では、当時の壮絶な体験と執筆の際に生まれた感情が頻繁に交錯していく。書くという行為そのものに関する小説。「事件」は貴重な回顧録であるだけでなく、書くことによって初めて生まれる著者の意識の流れまでもが伝わってくる。オードレイ・ディヴァンは、原作にある「書くこと/読むこと」によって生まれるリアルタイム性のあるダイレクトな感情を映画に投影させていく。



『あのこと』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS


 望まない妊娠をした若い女性が、将来の自分や周囲との関係、そして自分の若さを再定義していく。アナマリア・ヴァルトロメイの演じるアンヌに密着する形で撮られた本作には、スクリーンを正視することができなくなるほど痛みの走るシーンがある。これは必要な痛みだ。女性の身体の探求に関する映画。旅する身体。シャンタル・アケルマンの初期作品やバーバラ・ローデンの『WANDA/ワンダ』(70)、アニエス・ヴァルダの『冬の旅』(85)など、それらに共鳴するようなヒロインの身体の震えが捉えられる。彼女に自己憐憫はない。そこにあるのは決意であり、孤独な怒りだ。アナマリア・ヴァルトロメイの見開いた大きな瞳が、この映画を奮い立たせている。


 2022年、アメリカの最高裁判所でロー対ウェイド判決が覆り、人工妊娠中絶の権利が保障されなくなる可能性に脅かされている今。この映画は過去の出来事ではなくなっている。


「"60年代に生きる少女を演じるのに、どのような準備をしたのですか?"と聞かれることがあるのですが、これは過去の出来事ではありません。今、実際に起きていることなんです」(アナマリア・ヴァルトロメイ)*1




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