© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS
『あのこと』インディペンデント・ライフ、女性の決意
眼光による抵抗
「沈黙のシーンでは内面的なモノローグをたくさん作りました。オードレイと一緒に文章や言葉を考えて、それを撮影中に自分に言い聞かせることで、アンヌの表情から緊急性や警戒心を感じられるように表現しました」(アナマリア・ヴァルトロメイ)*1
『あのこと』のヒロインは、望まない妊娠という「人生の中断」に抗うために沈黙を強いられる。アンヌは初めから中絶を決意している。ボロボロになりながらも、固い決意が彼女を突き動かす。アンヌと一体であるかのように近接するカメラは、ヒロインの意識の流れを克明に記録していく。
たとえば学食における友人との食事のシーン。アンヌの目の前に座る友人たちはソフトフォーカスでボカシぎみに捉えられ、カメラは妊娠による食欲増加のせいか無心に食事を摂るアンヌにピントを合わせる。食欲の異常を指摘され、アンヌがハッとする瞬間に初めてピントが友人たちに合う。ロラン・タニーによるカメラは、ヒロインの意識の流れをフォーカスの深度によって表わしていく。本作ではこのような工夫が随所に施されている。そしてアンヌが他者に向ける瞳が、忙しなく動き回るカメラの終着点であるかのようにフィルムに刻まれていく。その眼光の鋭さ。
『あのこと』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS
オードレイ・ディヴァンはダルデンヌ兄弟の『ロゼッタ』(99)を美学的に参照したと語っている。しかしヒロインのまなざしの強さをショットの終着点としている点においては、レア・セドゥ主演の『美しき棘』(10)がもっと近いだろう。オードレイ・ディヴァンは『美しき棘』をフェイバリット作品として挙げ、次回作でレア・セドゥと共に女性のセクシャリティについて探求する予定だ。そしてヒロインの不屈の決意という点で、『冬の旅』のモナ(サンドリーヌ・ボネール)の魂が本作に召喚されている。サンドリーヌ・ボネールがアンヌの母親役として出演しているのは偶然ではない。『冬の旅』のサンドリーヌ・ボネールのパフォーマンスについて、オードレイ・ディヴァンは次のように語っている。
「アナマリアと私を奮い立たせるパフォーマンス。自由であることを誰にも邪魔されない女性」(オードレイ・ディヴァン)*2
本作に登場する男性たちは、ことごとくアンヌの力になれない。男性たちは若い女性の将来を心配することよりも、中絶という違法行為に巻き込まれることへの社会的な制裁に怯えている。身近にいる女友達から同様の視線が向けられるとき、アンヌの孤独はより浮き彫りにされる。本作はシスターフッド的な女性同士の連帯以上に、個人の主体性の肯定へ向けて撮られている。アンヌは自分の権利を誰にも邪魔されたくないのだ。