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『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 

『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

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『冬の旅』あらすじ

冬の寒い日、フランス片田舎の畑の側溝で、凍死体が発見される。遺体は、モナという18歳の若い女だった。モナは、寝袋とリュックだけを背負いヒッチハイクで流浪する日々を送っていて、道中では、同じく放浪中の青年やお屋敷の女中、牧場を営む元学生運動のリーダー、そしてプラタナスの樹を研究する教授などに出会っていた。警察は、モナのことを誤って転落した自然死として身元不明のまま葬ってしまうが、カメラは、モナが死に至るまでの数週間の足取りを、この彼女が路上で出会った人々の語りから辿っていく。人々はモナの死を知らぬまま、思い思いに彼女について語りだす…。


Index


風景の中にある死



 「自分が育った地域だから分かるのですが、フランスのこの地域の冬の風景は素晴らしく、強く、そして敵意を持っています」*1「生き生きとした自立した存在であることへの誇り。夜が訪れるときの抑えきれない悲しみ。(中略)他人の暴力に対する突然の恐怖。人々が自分の人生を語るときの郷愁。廃墟の中の孤独。泣きたい気持ち」*2(アニエス・ヴァルダ)


 絵画作品のように美しい寒村の風景。落穂拾いのように枯木の枝を集める農夫。この風景の中でモナ(サンドリーヌ・ボネール)は凍死している。死体を発見した農夫は慌てて仲間の元に走っていく。警察の検証によると、モナの死に事件性はないという。第一発見者としての証言を求める警察が農夫の正面に立つ。公権力を纏う制服の背中がカメラを覆い、この農地の末端で働いていると思わしき農夫の姿はフレームから消されてしまう。この冒頭シーンにおける貧しい者に向けられた暴力性が、モナという一人の少女が辿ることになった悲劇と重なり合っていく。アニエス・ヴァルダによるナレーションが画面に被さる。「村で見つかった若い女の死体...。だれがこのモナのことを記憶しているだろう?」


『冬の旅』予告


 家もなく、法もなく。すべてに「ノー」を突きつけるモナ。隙を見ては物を盗んだり、シャッターを蹴ったり、「メルド(クソ)!」と呟くモナ。モナはバックパッカーとして転々とした生活を送っているが、寝場所を用意してくれた人に対する感謝の言葉はない。


 モナには知性と反抗心がある。しかしモナの反抗は、社会の何かを変えようとする反抗ではなく、他人の期待には一切沿わないという反抗だ。その日をやり過ごすための仕事は求めるが、提案された仕事はことごとく断っていく。モナの着ている服はひどく汚れていて、出会った人は口々に彼女の悪臭の話をする。モナを嫌悪する者は多いが、一方で無愛想であることを何一つ恐れないモナに惹かれる者もいる。特にモナに出会った何人かの女性は、自由を謳歌しているかのような彼女の生き方に、憧れにも近い感情を持っている。彼女たちはモナの「アイ・ドント・ケア」な精神に惹かれている。



『冬の旅』(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 


 『冬の旅』(85)はモナの死体が発見されるシーンから始まることで、観客に物語の結末を予め提示している。続くシーンでは、海水浴をする全裸のモナの姿が遠くに捉えられる。極寒の海に生まれたアフロディーテ。まっさらな体で生まれたモナは、ホームレス生活を送るうちにどんどん汚れを纏っていく。映画はモナの最後の冬を記録していく。


 『冬の旅』は、記録的な寒波がフランスを襲った年に撮影・公開された。「車に乗せられますか?かわいいけど、臭くて、ありがとうも言わない。それがモナ」というキャッチコピーのポスターで宣伝された本作は、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得し、フランスで100万人を動員する大ヒット作となる。





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