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『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 

『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

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13のトラッキング・ショット:散策する映画



 『冬の旅』のアニエス・ヴァルダは、脚本を書くこと以上に、ロケハンに多くの時間を費やしている。アニエス・ヴァルダは、クリス・マルケルと並んで「散策する映画作家」の代表格といえるだろう。アニエス・ヴァルダは主に一人で、1984年の秋から何か月もかけて南フランスをロケハンしている。彼女は、路上生活者たちと日常的に語らい、取材をしていた。そして、一人の若い女性との出会いに大きな影響を受けることになる。本作の後半にホームレス役で出演しているSetina Arhabだ。彼女との偶然の出会いが、女性の路上生活者が直面する多くの苦難を知るきっかけになったという。


 本作でマーシャ・メリルが演じているランディエ教授には、おそらくアニエス・ヴァルダ自身が投影されている。ヒッチハイクするモナを車に乗せ身の回りの世話をするランディエのイメージに、Setinaを車に乗せて語り合っていたアニエス・ヴァルダの姿が重なっている。本作でランディエが登場するファーストショットは、浴槽に浸かりながら電話をしている裸の姿でもある。このショットは、真冬の海で全裸の海水浴をしていたモナとも符合している。


 またカリフォルニアに滞在していたときのエピソードが、本作の企画を立ち上げる大きなインスピレーションになったという。ある日、ヒッチハイカーの男性を車に乗せたアニエス・ヴァルダは、目的地に着いても車を降りようとしない男性に困惑する。男性は車の中で寝泊まりしたいと申し出たという。



『冬の旅』(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 


 アニエス・ヴァルダの映画は、フィクションの中にドキュメンタリーの真実を、ドキュメンタリーの中にフィクションの虚構を巧みに取り入れ、自在に行き来している。それらはコラージュのように、あるいはスクラップ・ブックのように映画内で統合されていく。アニエス・ヴァルダは、ジャック・ドゥミとアメリカに住んでいたときに『ドキュモントゥール』(81)という傑作を撮っている。「ドキュメンタリー(Documentaire)」と「偽物(menteur)」という言葉を掛け合わせた造語の作品タイトルは、アニエス・ヴァルダのこうした創作の姿勢を適確に表わしている。


 本作には基調となるような13の移動撮影がある。歩行するモナを追いかけつつ、最終的に追い超し、モナがフレームから消えてしまう移動撮影。アニエス・ヴァルダの解説によると、右から左へ動いていく移動撮影は、西洋の文章の読む方向と反対にする意図があるそうだ。アニエス・ヴァルダの解説に恐れ多くも仮説を加えるならば、右から左への移動撮影は時間への反抗、そして抵抗でもあるだろう。モナの死という結びから始まる物語。海から再び誕生する裸のモナ。もうこの世にいないモナの生きた時間を、「抵抗」として捉え直すためのカメラの動きともいえないだろうか?





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