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『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 

『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

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18の証言:モナの実像と虚像



 『冬の旅』は、モナの言動と各所を転々としていく行動をスケッチしていくと共に、彼女に出会った人々による18の証言を採録していく。生前のモナについて証言する人々は、彼女が亡くなったことをまだ知らない。男性たちの証言がモナのルックスに関する物質的な価値への言及や罵詈雑言ばかりなのに対して、女性たちの証言はモナの生き方への精神的な価値に言及しているところが興味深い。モナから汚いと罵られたことに対して憎しみを隠さない男性の爪は、モナの爪以上に泥と垢で汚れている。モナのことを「宿無し娘」と呼ぶ自分の夫に対して、「モナと呼びなさい」と叱責する妻には決定的な正しさがある。男性の証言者の中で唯一モナと対等な関係を築けていたといえる農夫のアヌーンは、なにも言葉を発さない。モナと同じように皆から「不潔」呼ばわりされていたアスーンは、モナの忘れていった赤いマフラーに顔をうずめることで、カメラの前で親愛を示す。


 18の証言が興味深いのは、具体的な証言を集めれば集めるほどモナという肖像のイメージがボヤけていくところだろう。これらの証言では、モナという女性がどういう人物だったのか?ということ以上に、証言するその人自身の価値観が語られている。モナという一人の女性の実像から離れ、それぞれの証言者が「モナをどのように見ていたのか?」が、赤裸々なまでに浮き彫りにされていくのだ。



『冬の旅』(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 


 モナが羊飼いの家に居候しているとき、盗んだチーズを路上の娼婦に売りつけるシーンがある。モナの汚れた容姿を見た娼婦は、風呂に入るよう促す。差別的に接するのかと思いきや、特に必要もなさそうなチーズをモナから購入する娼婦。彼女はモナの汚れたルックだけで、全否定するようなことはしない。「客が逃げるわ、離れてよ」と告げる娼婦の言葉の余白には、優しさが滲んでいる。それは、清潔を秩序とする価値観とは相容れないモナの生き方に向けられたものだ。娼婦もまた秩序とされるものの外で生きている。


 「この映画の大きなテーマのひとつは、汚れと汚れに対する不寛容さなのです」「女性のことを"いいケツしてるね"としか言えないのなら、事実上彼女を消滅させたことになります」(アニエス・ヴァルダ)*1





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