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『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 

『冬の旅』敵意を向ける冬の寒さ、ヒロインの震えを聴く映画

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震え続ける魂



 「人が助けを求めないとき、私たちはどうしたらいいのか分からなくなります。 無関心でありながら、同時に思いやるという矛盾があるのです」*1「確かに私はこの追放されたキャラクターに同情的ですが、彼女をロマンチックにしたり、美化したりはしていません」(アニエス・ヴァルダ)*3


 警察によって死体袋のファスナーを閉じられる冒頭のモナは、石化した身体、または彫像のようでもある。『冬の旅』の中でモナは石造と対峙するだけでなく、何度も肖像画や静止画と対面している。写真や絵画のような留められた時間、もう動くことのない時間と対面するとき、モナには別の時間が流れている。魔女のような髪をしたモナは、ランディエの教え子であるジャン=ピエールに「私が怖い?」と尋ねる。自分のことを語らないモナの経歴はほとんど不明だが、自分が異質な存在であることには十分に自覚的だ。しかし反抗的なモナも、子供と老人、動物には優しい。



『冬の旅』(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 


 本作でもっとも幸福なシーンは、目の不自由な老婆とモナのエピソードだろう。何をするか予測不能なモナに画面はサスペンス映画のように緊張していくが、老婆とお酒を吞み交わすことで一気に緩和へと向かっていく。防御本能が解けたときのモナはケラケラと笑う。その幸福な姿がいつまでも脳裏から離れない。老婆を演じたMarthe Jarniasは、アニエス・ヴァルダの傑作短編『7p. cuis., s. de b., ... à saisir』(84)に出演している。屋敷を描いたこの幻想的な短編は『冬の旅』を撮るきっかけにもなったという。


 モナはまっさらな状態で海で生まれ変わり、汚されていく。サンドリーヌ・ボネールは、モナが誰とも関係を持たないことを提案したというが、「彼女を決してジャンヌ・ダルクにはしたくなかった」という理由でアニエス・ヴァルダに却下されている*4。


 誰のものでもないモナ。モナの体は汚されるが、過酷な体験を経ても心は高潔なままだ。テントや寝袋等、生活必需品の一式を失ったモナは、ブドウ酒をかけ合う地元の祭りによって、文字通り全身を汚されてしまう。ボロボロになって路上を歩くモナ。冒頭の死体袋が寝袋のイメージと重なっていく。モナの震えに安まるところはない。彼女の魂は遊牧民のように動き続けることを止めないだろう。『冬の旅』は犠牲者を崇拝する映画ではない。ヒロインの震えをただただ聴く映画だ。モナの魂は、恐怖と反抗心でいまも震え続けている。


*1 「Agnès Varda: Interviews」 T. Jefferson Kline(2003)

*2 「Agnès Varda」 Kelly Conway(2015)

*3 Agnès Varda and Rob Edelman,“Travelling a Different Route: An Interview   with Agnès Varda”, Cinéaste 15:1(1986)

*4 『冬の旅』パンフレット(1991)



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



『冬の旅』

11月5日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

配給:ザジフィルムズ

(c) 1985 Ciné-Tamaris / films A2 

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