『ノベンバー』あらすじ
エストニアのとある寒村。貧しい村人たちは“使い魔クラット”を使役し、隣人から物を盗み合いながら、必死になって生きている。クラットは農具や廃品から作られたもので、操るためには「魂」が必要となる。「魂」を買うために森の交差点で口笛を吹いて悪魔を呼び出しては、取引をするのだ。悪魔は契約のために3滴の血を要求するのだが、村人たちはそれすら勿体無いと、カシスの実を血の代わりに使い悪魔をも騙していた。そんな村で暮らす、若くて美しい娘リーナは、村の若者ハンスに恋をしているが、ハンスはドイツ男爵の美しい娘に一目惚れ、リーナには歯牙にも掛けない。ある夜、ハンスは雪だるまのクラットを作り、3つのカシスを使い悪魔を騙そうとする。その策略に気づいた悪魔はクラットの魂をハンスにくれてやる代わりに、ハンスの魂を奪い取る。ハンスはクラットを使って男爵の娘を連れ出そうと試みる。だが、クラットは「人間を盗むことはできない、できるのは家畜と命を持たない物だけだ」と悲しげに答えるのみ。絶望したハンスは、すべての「愛」を変えてしまう「ある行動」に出るのだった──。
Index
わたしの心を盗んだ泥棒
疫病が蔓延するエストニアの農村。死者たちの里帰り。悪魔との取り引き。氷雪よりも白い世界で、行き場を失った魂たちが彷徨い続ける。この村では、死者の魂や魔法は人々の生活のすぐ側にある。生活に困窮する多くの村人たちにとって、愛やロマンチズムは問題とされていない。精神的な価値よりも装飾品や食べ物のような物質的な価値への欲望が勝っている。この村では、農具のガラクタで作られた体に悪魔との契約で魂を吹き込まれた”使い魔クラット”に、盗みを働かせている。
ティム・バートンの映画に出てきそうな造形のクラットは、いつも仕事を求めている。仕事のないときのクラットは悪態をついたり、暴力を振るったりする。村人たちは祈りの光よりも呪いの闇の中に救いを求めている。すべては生活のためだ。農家の一人娘リーナ(レア・レスト)には秘かに思いを寄せている青年がいるが、父親は娘の意向にそぐわない結婚相手を決めている。エストニアの冬枯れた村の風景は魔法のようにファンタジックだが、あらゆることは絶望的な状況に見える。
『ノベンバー』(C)Homeless Bob Production,PRPL,Opus Film 2017
ライナル・サルネットが美しいモノクロームの映像で描く『ノベンバー』(17)では、魔法や伝承それ自体にエキゾチックなロマンを求めるのではなく、むしろそこから弾かれてしまった魂の行方を描くことで、新たな魔法や伝承をこの世界に作り直そうとしている。エストニアの寓話には、村人たちから「オオカミ女」と罵られるヒロインが登場するが、リーナは魔女狩りのようにコミュニティから排斥されるヒロインではない。リーナは自在にオオカミに変身することができる。オオカミに変身したリーナは、青年ハンスが恋する娘の住む館に侵入する。リーナには自発性がある。しかし彼女の届かぬ思いは、ほとんどの村人にとって蔑ろにされている。
ハンスは男爵の娘にひとめ惚れしてしまう。自分とは階級の違う女性に思いを寄せるハンス。大切な人を奪われた気持ちに陥ったリーナ。男爵の娘は深刻な夢遊病を患っていて、月夜に投身未遂を繰り返している。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」が響く真夜中。盗みが横行する欲望だらけの農村で、本作はヒロインが秘める激しい思いに映画の魔法を与えていく。わたしの心を盗んだ泥棒は一体誰なのか?