不滅の詩人
ライナル・サルネットは『ノベンバー』にインスピレーションを与えた映画としてジム・ジャームッシュの『デッドマン』(95)とセルゲイ・パラジャーノフの『ざくろの色』(69)を挙げている。ウィリアム・ブレイクの詩が散りばめられた、ジョニー・デップ主演の美しいモノクロ映画『デッドマン』。アルメニアの吟遊詩人サヤト=ノヴァの生涯を装飾的な色彩の美しさで描いた『ざくろの色』。どちらも不滅の詩人、不滅の詩を映画の魔法によって留めようとする傑作だ。特に『デッドマン』は、モノクロームの映像とエレクトリックギターの残響の組み合わせという美学的な側面で本作に大きな影響を与えている。
また写真家のヨハネス・パウスケが撮った19世紀エストニアの農村の風景写真が、本作のビジュアルの大きな手掛かりになったという。さらにレイダ・ライウスの撮ったエストニアの伝説的な映画『Libahunt』(68)は、もっとも大きな影響元といえるだろう。魔女狩りと人狼を扱ったこの奇天烈なモノクロ映画に主演したEne Rämmeldを、ライナル・サルネットは自作『Where Souls Go』(07)に起用したこともある。
『ノベンバー』(C)Homeless Bob Production,PRPL,Opus Film 2017
『ノベンバー』の青年ハンスは、悪魔との取り引きによりクラットを手に入れる。詩人の言葉を知っている雪だるま型のクラットは、ハンスに恋愛のアドバイスをする。ハンスはクラットを使って男爵の娘を連れ出そうと企てるが、「人間を盗むことはできない」と拒否されてしまう。人の心は盗むことができない。何人たりとも盗むことのできない不可侵な領域。『ノベンバー』は、悪魔との取り引きができない絶対領域に新たな魔法=詩を作り直そうとしている。そして絶対領域のもっとも深いところ、海よりも深いところにリーナの孤高の思いがある。
クラットが伝えるベネチアの運河でボートを漕ぐ恋人たちのエピソードがとめどなく美しい。深夜の森の中に突如スクリーンが出現したかのような魔法のごとく幻想的なシーン。ハンスはこの「スクリーン」をウットリとした表情で見上げている。中世のような運河の風景の中、ボートに乗る恋人たちは、離れ離れになってしまうことが決まっている。男性は思いを込めた指輪を女性に贈る。女性は指輪を河に捨ててしまう。「あなたといられないなら、指輪は要りません」。ここで物語は二つに分かれる。一つは恋人たちの物語。もう一つは捨てられた指輪に宿ることになる魂の物語だ。指輪は不滅の詩となる。