『地獄』あらすじ
『情婦マノン』『恐怖の報酬』などの名匠アンリ=ジョルジュ・クルーゾ一監督によって1964年に製作が開始されるも、監督が病に倒れて未完となってしまった幻の映画『地獄』。その残されたフィルムと関係者の証言などで構成され、2009年のカンヌ映画祭で大反響を巻き起こしたドキュメンタリー。妻の浮気を疑う夫の妄想がめくるめく映像美で表現され、ロミーが一糸まとわぬ姿で線路に横たわるシーンなど断片的ではあるものの強烈なイメージが垣間見られる。独特なメイクを施し濃艶な表情を見せるロミーにただただ圧倒されるが、天真爛漫なオフショットも多く収録されている。
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地獄に終わりはない
「SANS FIN」(終わりなし)。アンリ=ジョルジュ・クルーゾーによる未完の『地獄』(64)をリメイクしたクロード・シャブロルの『愛の地獄』(94)は、「終わりなし」のクレジットで映画を終える(日本語字幕では「はてしなく」と訳されている)。地獄に終わりはない。
セルジュ・ブロンベルグとルクサンドラ・メドレアは、クルーゾーの残した膨大なフィルムの断片や関係者の証言を元に、未完の作品の真相を追いかけるドキュメンタリー『地獄』(09)を制作した。しかし本作が数多の舞台裏ドキュメンタリーと一線を画しているのは、伝説的なエピソードの数々よりも、残されたフィルムの美学的な側面が圧倒的に勝っていることだ。とめどないイメージの奔流。前衛のイメージを纏うファッショナブルなロミー・シュナイダー。アメリカ資本の潤沢な資金を得たクルーゾーは、テスト撮影を6か月にも渡り延々と行っている。さながら実験工房と化していくスタジオ。
『地獄』©2009 Lobster Films / France 2 Cinema
本作でも当時のスタッフが証言しているが、元来クルーゾーは綿密に計画を立て、段取りよく撮影を進めていくタイプの映画作家だったという。『地獄』は自分が創り出そうとしている怪物の前で、その途方もない大きさに立ちすくんでしまった作品といえる。クルーゾーをはじめとするスタッフは、自分たちが創り出した怪物的な想像力を前に途方に暮れてしまう。変更に次ぐ変更を重ねていく撮影。先の見えないプロセスにスタッフとキャストは疲労を重ねていく。我慢の限界を迎えていた主演のセルジュ・レジアニは唐突に役を降りる。そしてクルーゾー自身の心臓発作という結末により、このプロジェクトはついに破局を迎えてしまう。
コントロールを失ってしまった撮影は、妻オデット(ロミー・シュナイダー)の浮気を幻視する主人公マルセル(セルジュ・レジアニ)のように、終わりのない地獄の地平を切り開いてしまった。シャブロルの『愛の地獄』では、妄執に憑かれた主人公がプライベートフィルムの上映会でついに発狂してしまう。イメージを抱えきれなくなった者による発狂は、まるで『地獄』という作品自体の破局を表わしているかのようだ。本作には新しい映画の地平を切り拓こうとしていたクルーゾーの向こう見ずな挑戦の記録が収められている。