シスター・サラのための二頭のラバ
監督のドン・シーゲルとシャーリー・マクレーンは、撮影現場では決して友好的な関係ではなかった。皆が見ている前で、公然と喧嘩をすることもあった。シャーリー・マクレーンは、つけまつげがあまりにも大げさであることに我慢がならなかったし、メキシコで撮影されたフィルムがカリフォルニアに送られるため、デイリー(撮影後すぐに作られるラッシュのこと)がすぐチェックできないことにも不満を募らせていた。一方のドン・シーゲルも、「彼女には温かみを感じない。女らしくないし、度胸がありすぎる。彼女はとてもとても厳しい人だよ」(*)と辛辣なコメント。折り合いの悪さを感じさせる。
そしてクリント・イーストウッドとシャーリー・マクレーンの関係も、これまた友好的ではなかったという。彼女は回顧録やインタビューでイーストウッドについてほとんど語っていないが(逆にその事実が険悪さを証明している気もするが)、TCM映画祭でこんなコメントを残している。
「『真昼の死闘』を撮影していたとき、彼の馬が故障したのを覚えています。このとき、彼が真の共和党員であることを知りました。彼は馬から降りて、馬を見て靴下を履かせたのよ」(*)
『真昼の死闘』(c)Photofest / Getty Images
共和党員=マッチョなカウボーイは女性よりも馬の方を大切にする、という皮肉だろうか。この時彼女は「私は彼を尊敬しています」とも語っているが、額面通りには受け止めにくい発言である。だがそんな現実を吹き飛ばすくらいに、映画の中の二人は最高だ。主義も信条も全く異なるイーストウッドとシャーリー・マクレーンが、それゆえに惹かれ合う会話のユーモラスさ。特に筆者が好きなのは、鉄橋を爆破しようとするシーンだ。酔っ払っているイーストウッドは、ロクに狙いを定めて撃つことができない。
「君は撃てるか?」
「撃てっこない。橋に登ったのが無駄になったわ!」
「落ち着けよ。酒はすぐにさめる。コーヒーでも入れてくれ」
「コーヒーよりコレよ!」
ゲンコツを握りしめてイーストウッドをぶん殴るシャーリー・マクレーン。そして胸ぐらを掴み、「早くさめて!このロクデナシ!」と叫ぶのである。単なるヒステリーになりかねないこの芝居を、彼女は持ち前の愛くるしさでこのうえなくチャーミングに演じてしまう。マカロニ・ウェスタンという男臭いジャンルでさえも、自分の磁場へと引き込んでしまうのだ。
『真昼の死闘』の原題は、『Two Mules for Sister Sara』(シスター・サラのための二頭のラバ)。劇中でも、「あなたはラバのように頑固ね」というセリフが登場する。筆者にはそのタイトルが、ドン・シーゲルとクリント・イーストウッドという二頭のラバ(頑固者)を手玉にとって、軽やかにスクリーンを疾走するシャーリー・マクレーンへの賛歌のように思えてならない。
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
(c)Photofest / Getty Images