2023.06.09
スターオーラあふれるクラプトン
日本公演もそうだったが、公演中の彼はたまに曲の紹介を入れることはあっても、基本的には「サンキュー」くらいしか言わない。もともと愛想がない印象で、とにかく、演奏だけに専念する。舞台にも大げさな仕掛けなど皆無。気に入った曲があって、演奏がうまいミュージシャンたちがいて、いい音楽を届けることだけしか考えていない。コンサートに対するそんな姿勢はここにも見てとれる。90年と91年のフッテージから、ベストテイクを選んでつなぐ。そんなシンプルな構成だが、だからこそ、音楽の力が際立つ。
コンサートは「ブルース」「ロック」「オーケストラ」の3つのパートに分かれている。バンドの構成も、4ピースから13ピースまでさまざまな編成。そのため、シンプルな構成でありながらも、音に変化があって飽きることがない。出てくるミュージシャンも、固定したメンバーはいるものの、場面ごとに少し違うミュージシャンが出てくる。
最初はオーケストラの序曲から始まり、コンサートの始まりらしい期待感をあおる。やがて聞こえてくるギターソロ。そして、それは2曲目のブルースを基調にした「クロスロード」のイントロへとつながる。91年3月のオーケストラによるバージョンだ。
そして、3曲目は彼の70年代の代表曲「アイ・ショット・ザ・シェリフ」。伝説のレゲエシンガー、ボブ・マーレイのカバー曲だが、ここではキーボードとドラムで始まり、赤いライトの下にクラプトンが立ち、「奴らは迫ってくる。俺を犯罪者としてつかまえるために。副保安官を殺した罪で」という歌詞を静かに歌い始める。罪を背負った男の自己告白。そんな設定がクラプトンに妙に合う。クラプトン自身もヤク中、アル中、女性問題と多くの葛藤を抱えながら生きてきたせいだろうか。70年代にリリースされた時はボーカルが中心のアレンジだったが、ここでは後半、長いギターソロが入り、これが聞きものとなっている(23年の日本公演でも、「アイ・ショット・ザ・シェリフ」のギターソロは印象的だった)。
『エリック・クラプトン アクロス24ナイツ』©2023 Bushbranch Studios Ltd
その後はクリーム時代の「ホワイト・ルーム」、ボブ・ディランの「天国への扉」と、おなじみの曲が続き、一気にコンサートへと引き込まれる。ザ・バンドの故リチャード・マニュエルに捧げた「ホリー・マザー」は、いかにもバンド風の音で内面の苦悩を切々と歌い上げる。後半ではクラプトンの代名詞的な曲「レイラ」のオーケストラ版も登場する(今回の日本公演では演奏しなかった日もあり、一部のファンたちを失望させていた曲でもある)。
この時代のクラプトンはベルサーチやアルマーニなどのファッションも愛用していたようだが、白やネイビーなど色を抑えたスーツ姿で登場する彼は驚くほど洗練されていて、スターオーラがあふれている。特に「ティアリング・アス・ア・パート」や「コカイン」などで全身白のファッションで登場する彼にはゾクっとする輝きがある。また、ギターを弾く手が何度もアップで映るが、その手の美しさにも驚く。縦横無尽にギターを演奏する指を見ていると、独立した生き物がそこで動いているような印象を受ける。ボーカリストであり、技術にたけたギタリストでもあるからこそ、動画としてサマになるのだろう。
ゲストにも見せ場があり、前半、印象的なのはドラマーのフィル・コリンズだろう。80年代はヒット曲を連打した人気シンガーだったが、ここでは地味なドラマーに徹して職人気質を見せる(彼はクラプトンのアルバムのプロデューサーだったこともある)。曲に合わせて、もくもくとドラムをたたく姿に好感が持てる。
『エリック・クラプトン アクロス24ナイツ』©2023 Bushbranch Studios Ltd
また、圧倒的な存在感で大きな見せ場を作るのは、ブルース界の大ベテラン、アルバート・コリンズとバディ・ガイ。演奏もパワフルだが、とにかく、舞台に立つと一瞬にして空気が変わる。彼らが出てくると、スターオーラがあるはずのクラプトンでさえ、急にカゲが薄くなる。でも、それも本望ではないだろうか? クラプトンが尊敬してやまないミュージシャンであり、彼らとの共演を心から喜んでいたはずだから。 バディ・ガイは並々ならぬショーマンシップも発揮し、アクの強いトークで完全に会場の自分のもとにする。ふたりのブルースマンの登場シーンは、この映画のハイライトとなっている。
ベースのネイザン・イーストとキーボードのグレッグ・フィリンゲインズのサポート力も大きく、フィリンゲインズはボーカルでも力を発揮する。イーストとコーラスの ケイティ・キッスーンは、2023年の日本公演にも同行したクラプトン組だ。また、かつてエルトン・ジョンの日本公演でも存在感が際立ったパーカッションのレイ・クーパー、オーケストラを指揮する故 マイケル・ケイメンなど、共演者たちにも個性があり、彼らとの和気あいあいとしたコラボが演奏を盛り上げる。