フランツ・ロゴフスキ渾身の役作り
1968年、ようやく釈放となるその日、シャバに出る勇気がなく麻薬を注射してしまったヴィクトール。彼のためにハンスが同部屋を希望してくる。激しい禁断症状と闘うヴィクトールを、ハンスは「入れ墨のお返しだ」と渾身の力でサポートする。そんなハンスの前で、ヴィクトールはなぜこんなにも長く投獄されているのか、その理由を初めて告白するのだった。
フランツ・ロゴフスキはハンスの肉体的な変化を表現するために、12キロもの減量に挑んでいる。だが、不運にもパンデミックによる撮影中断という事態が襲い掛かり、ロゴフスキはその間に増えた体重を再度戻さなければならなかったという。彼がトライした役作りのための減量は、独房に出入りする時の広背筋や浮き出た背骨によって正確に表現されている。外見だけではない。1945年の恐怖と戸惑い、1957年の衝撃と絶望、そして、1968年の達観と希望を、時代ごとのハンスの内面に寄り添い演じ分けているところが凄い。まるで彼の演技が、タイムトリップのバロメーターのようだ。
対するゲオルク・フリードリヒが、ヴィクトールの中でハンスに対する差別が共感と友情、さらに愛へとシフトしていくプロセスを控えめに演じ、2人は見事なコンビネーションを形成している。この作品がハンスとヴィクトールのラブロマンスとして語られる所以はそこにある。
『大いなる自由』©2021FreibeuterFilm•Rohfilm Productions
刑務所の窓から見る月の輝き
印象的なシーンがある。1969年7月16日、アポロ11号が月面着陸に成功する瞬間を刑務所のテレビで見たヴィクトールは、「もっと面白いかと思っていた」と失望の色を隠さない。一方、ハンスは部屋の窓から夜空に輝く月を眩しそうに眺めている。夢が持てないヴィクトールと、どれだけ痛めつけられても、地球から38万キロの彼方に輝く月にしばし想いを馳せることができるハンス。希望にまつわる2人の立ち位置の違いが明確で、見事な脚本の仕上がりには感心するしかない。
刑務所の窓辺から眺める不変的な月の輝きは、まるで、人々の悲しい営みを漆黒の夜空から冷たく照らしているような気がしてならない。