非サイキック・ホラー
本作のタイトル『イノセンツ』(The Innocents)は、ジャック・クレイトン監督、デボラ・カー主演によるホラー映画の古典的作品『回転』(The Innocents)(61)の原題と同じだ。タイトルやプロットからも、恐怖描写に力点を置いた作品であることは想像に難くない。だが意外にも、エスキル・フォクト自身はホラーを念頭に本作を作った訳ではない、と語っている。
「純粋なホラーを描くつもりはありませんでしたし、執筆中にホラーの様式を使おうとも思っていませんでした。ヒューマンドラマであれ、詩的なものであれ、サスペンスであれ、⾃分が好きかどうか、本当に⾯⽩いと思っているかどうか、という点に主軸を置いています。そうすれば、筋の通った物語になるからです」(*)
確かに、この作品はド直球なサイキック・ホラー映画ではない。超能力が発動する派手な視覚効果は周到に回避されているし、観客を恐怖のドン底に突き落とすジャンプスケアもない。むしろ、世界にまだ馴染むことができない子供たちの姿を、スクリーンを通して観察するかのような、ドキュメンタルな生々しさがある。
『イノセンツ』©Mer Film
それは、サウンド・デザインにも顕著だ。風に木立が騒ぐ音、しとしとと雨が降る音、鳥たちの鳴き声、子供たちの笑い声。映画は、団地を取り巻く様々な自然音に包まれている。そして、映像のトーン。ホラー映画は冷ややかな寒色系の色合いにすることが多いが、この作品は穏やかな暖色系に彩られている。エスキル・フォクトは、ダークサイドだけを切り取って子供たちを描いていない。繰り返すようだが、彼らは正邪の狭間に佇んでいる存在なのだ。
彼が『イノセンツ』のストーリーを思いついたきっかけは、新しく子供を授かったことだったという。不器⽤ながらも、この世界を少しずつ理解しようとする姿に、かつて子供だった自分自身を重ね合わせた。それは、インスパイアを受けたことを公言しているビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(73)や、ジャック・ドワイヨン監督の『ポネット』(96)にも通じる感覚だ。
「⼦供を⾒ているとき、特に、⾃分が何者なのかまだ分かっていない頃の⼦供を観察することに幸福感を覚えました」(*)
不穏な予兆に満ちた『イノセンツ』は、しかしながら純朴で繊細なヒューマンドラマとしての一面をも持ち合わせている。その多面性こそが、本作最大の魅力と言っていいだろう。
(*)プレス資料より引用
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
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『イノセンツ』
7月28日(金)新宿ピカデリー他全国公開
提供:松竹、ロングライド 配給:ロングライド
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