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『イノセンツ』無垢なる少女、少年たちの密やかな遊び

©Mer Film

『イノセンツ』無垢なる少女、少年たちの密やかな遊び

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『イノセンツ』あらすじ

緑豊かな郊外の団地に引っ越してきた9歳の少女イーダ、自閉症で口のきけない姉のアナが、同じ団地に暮らすベン、アイシャと親しくなる。ベンは手で触れることなく小さな物体を動かせる念動力、アイシャは互いに離れていてもアナと感情、思考を共有できる不思議な能力を秘めていた。夏休み中の4人は大人の目が届かないところで、魔法のようなサイキック・パワーの強度を高めていく。しかし、遊びだった時間は次第にエスカレートし、取り返しのつかない狂気となり<衝撃の夏休み>に姿を変えていく─ 。


Index


物語に織り込まれた『童夢』的モチーフ



 innocent(イノセント)という言葉は、ラテン語の「innocere」を語源としている。“傷つける”という意味を表す「nocent」と、それを否定する「in」という組み合わせから、「傷つけない」=「無害」。そこから転じて、「無邪気」、「天真爛漫」、「無垢」という意味として使われている。


 だが実際にイノセントなる存在は、その無邪気さ、無垢さゆえに人を傷つけてしまう。社会性や倫理性の基盤が育まれていない子供となれば、なおさらだ。美しいものに対して素直に感動する豊かな感受性と、見境なく他者を攻撃する暴力性が、未分化な状態で同居している。昆虫や小動物に対して、子供が残虐行為を働くのは決して珍しいことではない。それは遊びの延長線上にあるものなのだ。


 筆者が10代の頃に読んだ⼤友克洋のSFマンガ「童夢」は、まさにそういう作品だった。あるマンモス団地で連続発生する、不審な死亡事件。その犯人は、老人でありながらその心性は幼児のチョウさんだった。彼は強大な超能力を操り、子供のような悪戯心で、次々と罪なき人々を死に追いやっていたのである。やがてその団地に、同じく超能力者の少女・悦子の一家が越してくる。チョウさんの正体を知った悦子は、このまま彼を野放しにすることはできないと決心し、一人戦いを挑んでいく。


 革新的な画面構成、細密に描き込まれた風景描写。イノセントな子供たちによる壮絶なサイキック・ウォーズを、⼤友克洋は圧倒的な画力で提示してみせた。1980年から雑誌連載がスタートしたこの作品は、やがて世界中にファンを持つワールド・スタンダード・コミックに。90年代には、デヴィッド・リンチが「童夢」の映画化に着手していたこともあったという(そういや、タイカ・ワイティティ監督によるハリウッド実写映画版『AKIRA』の企画は、今どうなっとるんだ?)。



『イノセンツ』©Mer Film


 『テルマ』(17)や『わたしは最悪。』(21)のシナリオで知られるエスキル・フォクトもまた、この作品に魅了された一人。正邪の区別が曖昧な子供たち、マンモス団地、テレキネシスやテレパシー。彼が監督・脚本を手がけた『イノセンツ』(21)には、「童夢」に触発されたモチーフが詰まっている。本作は、ノルウェーのアカデミー賞と呼ばれるアマンダ賞で4冠を獲得(監督賞、撮影賞、⾳響賞、編集賞)。『ボーダー ⼆つの世界』(18)や『LAMB/ラム』(21)など、一筋縄ではいかない作品を次々に産出する北欧から届けられた、ニュー・マスターピースである。





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