巧みなプロット、キャスティング
筆者が『ヘル・レイザー』で最も衝撃を受けたことは、セノバイトという人間ならざる者が登場するにも関わらず、その悪魔的所業は人間によってもたらされていることだ。ピンヘッドたちのいる異世界から逃げ出してきたフランクは、弟ラリー(アンドリュー・ロビンソン)の血を浴びることで、失っていた肉体の一部分を取り戻す。完全体になるには、より大量のフレッシュ・ブラッドーーー生贄が必要だ。そこで彼はかつて不倫関係にあったラリーの妻ジュリア(クレア・ヒギンズ)をそそのかして、男たちを誘惑して屋根裏部屋に連れ込み、殺害させるというミッションを託す。
理解不能のモンスターが人間たちを襲うのではなく、普通の主婦であったであろうジュリアが、連続殺人鬼に変貌してしまう恐怖。それはフランクに対する愛というよりも、肉体的悦楽のための所業と呼ぶべきだろう(ちなみにジュリアを演じたクレア・ヒギンズは、プレミアで初めてこの映画を見たとき、あまりの恐怖で10分で劇場を退席してしまったため、最後まで鑑賞したことがないらしい)。確かにこの映画は、粉々になった肉片などショッキングなショットで彩られているが、さしたる逡巡もなく殺人に手を染めてしまう彼女の姿をありありと描くことで、倫理観を大きく揺さぶってくる。
『ヘル・レイザー』© 1987 New World Pictures. All Rights Reserved.
もうひとつ本作が巧みなのは、アンドリュー・ロビンソンを起用したキャスティング。横暴なフランクとは対照的な好人物ラリーを嬉々として演じているが、我々は知ってしまっているーーー彼が『ダーティハリー』(71)の残忍なシリアル・キラー、スコルピオであることを。ジュリアには良き夫として、愛娘のカースティ(アシュレイ・ローレンス)には良きパパとして惜しみない愛を注ぐ姿を、どうしても真っ正直に受け止められないのだ。柔和な表情のその奥底には、ひょっとしたら殺人鬼の心性が潜んでいるのでは?その疑心暗鬼がメタ的なサスペンスを発動させて、ストーリー&ビジュアルとは別のハラハラを生み出す。
ゴシック・カルチャーの文脈から生まれたアート・センス、究極の快楽=究極の痛みというマゾヒズム的指向、倫理観を揺さぶる恐怖。鬼才クライヴ・バーカーによって産み落とされた『ヘル・レイザー』は、凡百のホラー映画とは一線を画する孤高の作品だ。2023年12月8日からは4Kリマスターでリバイバル劇場公開されるが、それが究極の快楽になるか、究極の痛みになるかは、すべてあなた次第である。
(*1)(*3)https://www.nightmare-magazine.com/nonfiction/interview-clive-barker/
(*2)https://www.imdb.com/title/tt0093177/trivia/
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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12/8(金)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー
キングレコード提供 フリークスムービー第一回配給作品
© 1987 New World Pictures. All Rights Reserved.