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『アメリカン・フィクション』現代のステレオタイプを皮肉なスタイルで暴き出す
2024.03.30
黒人に対するステレオタイプへの嫌悪
とはいえ、映画『ムーンライト』(16)において、アフリカ系でゲイの主人公が、フロリダの荒廃した地域で生き残るために真逆のような人物像を演じなければならなかったことを思い起こせば、自身が周囲から異端的な立場にあったり、マイノリティだと考える人物が、自分と程遠いステレオタイプを体現することは非常に悲痛な行為だということに思い至るのではないか。本作においても、長い間ゲイであることをカミングアウトできなかった、セロニアスの兄クリフォード(スターリング・K・ブラウン)が、家族から偏見を持たれることに打ちひしがれる場面がある。
だが、本作がユーモアたっぷりのコメディであることに間違いはない。内省的な要素が散りばめられながら、ステレオタイプを嫌う人物がステレオタイプを装うという、原作のパワフルでキャッチーな展開の訴求力が大きいために、映画化が実現されることとなったのも確かだろう。その意味では、パーシヴァル・エヴェレット得意の“メタフィクション”が、この映画作品においても別個に機能しているといえよう。フランスのシャンソンが基となっているジャズのスタンダード「Autumn Leaves(枯葉)」が寂しく流れる本作のラストシーンでは、ハリウッドのスタジオが俯瞰で映しだされ、小説から映画への移行がおこなわれていることが分かる。
『アメリカン・フィクション』©2023 MRC II Distribution Company L.P. All Rights Reserved.
本作で扱われる、黒人に対するステレオタイプへの嫌悪は、パーシヴァル・エヴェレットの作家としての大きなテーマでもある。原作小説「Erasure」の後に書かれた「I Am Not Sidney Poitier(僕は“シドニー・ポワチエじゃない”)」では、「ノット・シドニー・ポワチエ(シドニー・ポワチエじゃない)」という奇妙な名前を持った主人公の少年が、有名俳優シドニー・ポワチエの出演映画の内容が反映された出来事の数々を経て、むしろシドニー・ポワチエに近づいていくという、狂気を帯びた物語が展開していく。
そこに反映されていたのが、シドニー・ポワチエという俳優への“イメージ”である。ポワチエといえば、黒人として初めてアカデミー賞主演男優賞を受賞するなど、アメリカにおいて評価された黒人俳優のパイオニアといえる偉大な存在だ。しかし一方で、ハンサムでさわやかな彼の完全無欠なナイスガイぶりのなかに、同じアフリカ系の人々にとって白人に気に入られる優等生的な部分を感じ取ることになったのも事実なのである。
シドニー・ポワチエが俳優として活躍し始めた1950年代は、黒人への差別や弾圧がより苛烈であったことは言うまでもない。“黒人は野卑で犯罪を好む”という、多くの白人の差別的な偏見のなかで俳優として成功していくためには、当時のステレオタイプであった、ひどい負のイメージとは反対の人物を体現しなくてはならなかったはずである。そして、差別が社会のなかで比較的緩やかになっていく過程において、そんな“白人に受け入れられる善良な黒人”もまた、一つのステレオタイプとなっていったのだ。