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『アメリカン・フィクション』現代のステレオタイプを皮肉なスタイルで暴き出す
2024.03.30
『アメリカン・フィクション』あらすじ
侮辱的な表現に頼る“黒人のエンタメ”から利益を得ている世間の風潮にうんざりし、不満を覚えていた小説家が、自分で奇抜な“黒人の本”を書いたことで、自身が軽蔑している偽善の核心に迫ることになる。
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現代社会の異様さを描く皮肉の効いたコメディ
第96回アカデミー賞に5部門でノミネートされ、惜しくも作品賞は逃したものの脚色賞を獲得したのが、現代社会の異様さを描く皮肉の効いたコメディ映画『アメリカン・フィクション』(23)だ。この作品に注目したいのは、なんといっても過激さと知性が混在したユーモラスかつ意外な展開の数々。この見事な脚本は、脚本家コード・ジェファーソンの手によるものであると同時に、本作が彼の最初の監督作であることは驚きといえる。
そんな『アメリカン・フィクション』の原作となったのは、南カリフォルニア大学の英語教授で、作家でもあるパーシヴァル・エヴェレットによる「Erasure」。タイトルは日本語で「抹消」を意味する。
映画でジェフリー・ライトが演じる主人公は、パーシヴァル・エヴェレット本人のように、大学で教えながら小説の執筆活動を続けている男性、セロニアスだ。偉大なジャズピアニストであるセロニアス・モンクの名を連想させることから、“モンク”というあだ名を持つ。彼の性格はセロニアス・モンク同様、理論家で内省的かつマイペース、こだわりの強い人物である。そして何より、自分のルーツであるアフリカ系に対する固定的な見方(ステレオタイプ)を当てはめられることや、白人社会に都合よく扱われることに、誰よりも嫌悪感をおぼえている。
『アメリカン・フィクション』©2023 MRC II Distribution Company L.P. All Rights Reserved.
セロニアスはある日、講義のなかで南部ゴシック文学の作家フラナリー・オコナーの短編作品「人造黒人」を紹介し、その際に原題に使われている黒人の蔑称「Nワード」をボードに書き、学生がショックを受けるというトラブルが起こったことで、大学から休職を命じられる。そこに妹リサ(トレーシー・エリス・ロス)の突然の不幸や、母親アグネス(レスリー・アガムズ)の病気が発症してケアが必要になるなどの出来事が重なったことで、精神的にも経済的にも厳しい状況に置かれてしまう。
セロニアスは作家として次回作に行き詰まっていたが、この絶望的なタイミングで、自分の最も嫌っている、いかにもステレオタイプな要素で埋め尽くされた、彼にとって悪夢のような「黒人小説」を書き上げることを思いつく。そして別名を名乗り、嫌がらせ半分、腹立ち紛れで出版社に送りつける。もちろん良識ある編集者たちは眉をしかめ拒絶することになるだろうが、それこそが彼なりの社会に対する皮肉な提言でもあったのだ。
だが、そんなめちゃくちゃな作品が何と大きな評判を呼ぶ。あらゆるステレオタイプを詰め込んだ小説「マイ・パフォロジー」は出版社に絶賛され、謎の作家の鮮烈なデビュー作として、セロニアスが経験したことがないほどに売れまくり、映画化の話まで舞い込むほどのベストセラー作品になってしまうのだ。
コラライン(エリカ・アレクサンダー)という恋人との関係が始まったばかりのセロニアスは、良心の呵責と嫌悪感をおぼえながらも、FBIに追われる犯罪者でもあるという設定の、ワイルドな新人作家を装い始める。繊細な性格と犯罪とは縁のない境遇ながら、正反対の人物をタフぶって演じているジェフリー・ライトのパフォーマンスは笑いを誘う。