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『アメリカン・フィクション』現代のステレオタイプを皮肉なスタイルで暴き出す

©2023 MRC II Distribution Company L.P. All Rights Reserved.

『アメリカン・フィクション』現代のステレオタイプを皮肉なスタイルで暴き出す

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物語に反映された、監督自身の経験



 本作の冒頭でセロニアスが学生たちに紹介していた南部ゴシック文学「人造黒人」もまた、黒人のステレオタイプがテーマとなった物語だった。ある貧しい白人の祖父と孫が、アフリカ系が多く住む地域に迷い込む。祖父は黒人に強い偏見があるが、黒人ばかりの場所のなかでは彼の方がマイノリティとなり、むしろ周囲から嘲られるような行動をとってしまうのである。不安になった彼は、その後偶然に、白人の居住するエリアで“スイカを食べる黒人”の像を見つけることになる。


 “黒人はスイカが好き”というのは、偏見にまみれたステレオタイプとして知られている。そんな白人による“イメージ”が投影された像を前にしたことで、祖父は奇妙な安心感を覚える。実際は黒人も白人と同じようにさまざまな性質を持った多様な存在であり、当然自分よりも優れた部分を持った人がたくさんいるはずなのである。だが、その事実を受け入れ難い祖父は、像を眺めることで、あるイメージに黒人の存在を押し込め直し、ふたたび精神の安定を得るというプロセスを経験するのだ。


 セロニアスは、この優れた文学作品を通して、学生に差別者の感情を踏み込んで解説し、ステレオタイプが求められる構造を説明したかったはずである。その際に差別的な言葉に違和感をおぼえて講義を拒否した学生は、差別構造について深く考えたり議論する手前で離脱してしまったことになる。目の前のセロニアスの言葉や意見を表面的な段階で受け入れられないという態度は、程度は違えど「人造黒人」の祖父の行動と本質的に繋がるところがあるのではないか。


 そんな構図は、文学賞の審査の場面でも見ることができる。セロニアスはそこで、自身が書いたあの小説を審査するという、この上なく皮肉な状況に対峙するのだが、黒人の審査員であるセロニアスとシンタラ(イッサ・レイ)による「内容があまりにもわざとらしい」とする主張に対し、白人の審査員たちは逆に、「これこそがリアルな黒人の声だ」と判断し、あまつさえ目の前の黒人審査員の意見を無視してしまうのである。



『アメリカン・フィクション』©2023 MRC II Distribution Company L.P. All Rights Reserved.


 コード・ジェファーソン監督もまた、過去に黒人奴隷や黒人の若者が警官に殺害される題材を要求されたことがあるのだという*。それもまた、一種の“黒人らしさ”を要求される行為である場合もある。こういったジェファーソン監督自身の体験が、本作の終盤で描かれる映画プロデューサー(アダム・ブロディ)の要求に反映されている。


 ただ一方でジェファーソン監督は、“黒人らしさ”が反映された作品を制限したり批判するような意図を本作に込めたわけではない、という意図を明かす発言もしている。本作の内容が、“ハリウッドで重視されてきているポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさの概念)とリアルな黒人の声の乖離”を揶揄していると受け取られるおそれがあるのも、設定の性質上、確かなのだ。


 ここで監督は、そういう曲解を避けるために、“黒人らしさ”を受け入れ、商業的な需要を最低限満たしながら、自分らしい意義ある執筆をしている作家シンタラとの議論の場面を、映画化の際に付け加え、現実におけるさまざまな作家、作品をも肯定している。この工夫によって、誤解されかねないテーマの上でのバランスをとっていると考えられる。


 本作『アメリカン・フィクション』は、はっきりとした言葉にされない、社会に隠された偏見や差別を掘り起こし、いま考えるべき要素や重要なテーマをユーモアとともに観客を楽しませながら提示している。そんな周到さによって、本作は観客たちを、この問題を考えたり議論せざるを得ない状態に置くことに成功しているのである。


* )https://www.esquire.com/jp/entertainment/movies/a60069125/cord-jefferson-american-fiction-interview/



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

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