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『Chime』食事と料理、空間と移動、世界の崩壊――いくつかのキーワードから考える黒沢清監督の新作中編

©Roadstead

『Chime』食事と料理、空間と移動、世界の崩壊――いくつかのキーワードから考える黒沢清監督の新作中編

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ある空間から別の空間へと移動して歩く男



 『Chime』の主な舞台は3つ。窓からチラチラと奇妙な光が挿し込む料理教室と、松岡が妻と息子と住む一軒家、そして彼が転職のための面接を受けるガラスばりのカフェ。同時に、教室とビルの出入口とをつなぐ暗い階段や踊り場、教室が面した線路沿いの道といった、空間と空間をつなぐ場所が何度もくりかえし映される。


 松岡の日常は、教室に通い、仕事が終わると家に帰宅し夕食をとるという、規則正しいリズムから成っている。しかし、教室から出口へ向かう際、帰宅のため線路沿いの道を歩くとき、足早に立ち去ろうとする彼はそのたびに何度も立ち止まり、後ろを振り返ることになる。後ろを振り返るのは、当然呼び止められるからだ。ときには同僚たちから、またときには事件を調べる刑事によって、松岡は足を止められる。しかし誰にも呼び止められないにもかかわらず、彼が立ち止まりふと後ろを振り向くとき、そこではいったい何が起きているのだろう。



『Chime』©Roadstead


 当初、『Chime』は短編映画として企画がスタートしたという。結果的に45分間という上映時間になった本作には、松岡という男の周囲で次々に不審な出来事が起こり、説明などいっさいないまま素早いスピードで物語が進んでいく。そのため、これまでの作品以上に謎めいていると同時に、不思議な爽快感を感じさせる。撮影を手がけたのは、『彼を信じていた13日間』でも協働した古屋幸一。編集は、東京藝大での黒沢監督の教え子で、濱口竜介監督の『寝ても覚めても』(18)や『ドライブ・マイ・カー』(21)の編集を手がけた山崎梓。


 顔のクロースアップから人物のミディアム・ショット、風景ショットがスピーディーに繋がれていくなかで、あるときふいに、ロングショットによる長回しが出現する。それがどのようなものであるかは見てのお楽しみだが、このショットが撮られた場所が、松岡がいつも行き来するのとはまったく別のどこかであること、そしてこの場面から彼がもはや引き返せない場所へと向かい始めることは、記しておきたい。




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