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『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』失われていく子供時代、消えていく故郷

© IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)

『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』失われていく子供時代、消えていく故郷

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寝台の想像力



 『エドガルド・モルターラ』には動く絵本のような趣がある。撮影監督のフランチェスコ・ディ・ジャコモによるカラヴァッジョの絵画のような撮影が素晴らしい(フランチェスコの父親フランコは、マルコ・ベロッキオのいくつかの作品の撮影監督を務めている)。


 オイルランプやキャンドルの灯りに照らされた部屋で、かくれんぼのような遊びをするモルターラ家の子供たちの瞳。薄明りに光るパジャマの純白さと共に、子供たちの黒目の輝きだけでなく、白目の部分の白さがとても強い印象を残す。寝台の下に隠れる子供たち。的確なショットと演出が連鎖していくこの秀逸なシーンにおいて、マルコ・ベロッキオの映画のイメージを象徴する寝台というアイテムが用いられていることに注目したい。本作において寝台は子供時代の無垢なノスタルジアと、これから始まる人生の悪夢の両義性を無限に広げていく。不吉な赤ん坊のまなざしも寝台から向けられていた。


 ボローニャから強制的に連れ去られ、ボートに乗るエドガルド。エドガルドは移動の最中に眠りに落ちてしまう。深い霧が立ち込める川を進んでいくボート。二度と戻れない“人生の航路”を往くような不穏な空気。目覚めたエドガルドは、十字架を抱え葬送の儀式をする教徒たちの行進を目撃する。ユダヤの家庭に育った少年にとって、それは初めて見る鮮烈なイメージだったであろう。エドガルドの少年時代は子供の低い視点から撮られている。エドガルドが磔にされたキリスト像を見上げるショットの角度には、未知なるものに接する少年の好奇心と恐れがある。



『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』© IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)


 エドガルドがキリスト教の教育を受ける施設には、自分と同じ境遇の子供たちがいる。このシーンにおいても寝台のイメージは強烈な印象を残す。子供たちの寝台の並びを捉えるショットが、どこか精神科病棟のようにも見えてくる(マルコ・ベロッキオは精神科病棟に関するドキュメンタリーを撮ったことがある)。ユダヤ人であるエドガルドは、後天的にキリスト教に適合していく。感情は操作され、“他者”であったはずのキリスト教の経験を自分のものにしていく。少年時代のエドガルドはこの寝台でどんな涙を流したのだろう。そしてどんな夢を真っ暗な天井に映したのだろう。


 寝台に横たわる病気の子供。この施設で共に生きた仲間の死が、エドガルドの潜在意識に大きな影響を与えたことは想像に難くない。映画=人生は反復される。エドガルドは寝台で死にゆく者を二度見つめることになる。





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