リズム・オブ・ザ・ナイト
「私は人を見るのが好きです。愛するために人を見る。それは誰かと一緒に踊るようなものです。カメラでは相手に触れることはできません」(アニエス・ゴダール:撮影監督)*2
上官フォレスティエ。この名前はジャン=リュック・ゴダールの『小さな兵隊』(63)で同じくミシェル・シュボールが演じた役名と一致している。『小さな兵隊』はクレール・ドゥニがこだわり続けている作品であり、ミシェル・シュボールとは『美しき仕事』以降、筆者が偏愛する傑作『侵入者』(04)をはじめ、何度も重要な役でコラボレーションをしている。『美しき仕事』や『ネネットとボニ』(96)のグレゴワール・コランをはじめ、クレール・ドゥニの映画には同じキャストが起用されている。それは俳優の“経年”をじっくり見ていくこととつながっている。そしてクレール・ドゥニにとって、見ることは愛することだ。2022年に他界したミシェル・シュボールとは、『バスターズ―悪い奴ほどよく眠るー』(13)に至るまで彼の肌を撮り続けている。
『美しき仕事 4Kレストア版』© LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998
クレール・ドゥニは撮影の際、許可をとって俳優に直接触れること求めることがあるという。その触感は確実に彼女の映画に反映されている。クレール・ドゥニの映画では肌が肌であることをやめ、何かの模様、俳優の体温そのものになるまで近づいていくような錯覚を覚える。ヴィム・ヴェンダース監督やジム・ジャームッシュ監督のアシスタントを務めていた経歴からも、クレール・ドゥニの映画が所謂フランス映画の枠組みに収まらないことは明らかだ。しかし彼女のコスモポリタン性は、幼少期を過ごしたカメルーンにおける“異邦人”としてのルーツ、疎外感と同化願望、恐怖と親密さを独自の映画文法として拡張していくその姿勢にある。
本作に「リズム・オブ・ザ・ナイト」という、まさしくクレール・ドゥニの映画を一言で表わすようなハウスミュージックが使用されているのは偶然とは思えない。俳優の肌をクローズアップしていくクレール・ドゥニの映画にとって、夜のリズムとは血管が脈を打つリズムのことだ。ガルーは死への衝動をダンスの活力に変える。私見ではこのシーンはクレール・ドゥニの友人レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』(12)におけるモーション・キャプチャーのシーンに受け継がれている。ガルーは自分の肉体から解き放たれる。自己の超克。そのときガルー=ドニ・ラヴァンによるモノローグとしてのダンスは、他の誰でもない、この作品のオーディエンスと手をつなぐ。“美しき仕事”とはオーディエンスとの新しい共闘を築くための“美しき発明”のことなのだ。
*1 Marjorie Vecchio「The Films of Claire Denis: Intimacy on the Border」
*2 Village Voice [ Agnes Godard’s Candid Camera ]
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『美しき仕事 4Kレストア版』
5月31日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次ロードショー中
配給:Gucchi’s Free School 協力:JAIHO
© LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998