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『メイ・ディセンバー ゆれる真実』アイム・ノット・ゼア、消えていくイメージと真実
2024.07.22
イメージブックとミシェル・ルグラン
かつてケリー・ライカート監督は『Then a Year』(01)という実験的な短編で、メアリー・ケイ・ルトーノーが少年に送ったラブレターを素材として取り扱ったことがある。ケリー・ライカートの作品をプロデュースしているトッド・ヘインズは、この作品に出てくる薔薇を提供している。トッド・ヘインズとケリー・ライカートはまったく資質の違う映画作家だが共闘関係にある。トッド・ヘインズ映画の撮影監督エドワード・ラックマンの骨折によって、急遽『メイ・ディセンバー』で撮影監督を務めたのは、ケリー・ライカート映画のカメラマンであるクリストファー・ブローヴェルトだ。クリストファー・ブローヴェルトは、デヴィッド・フィンチャー監督やガス・ヴァン・サント監督の傑作で伝説的な仕事をした故ハリス・サヴィデスの元で、20年間アシスタントをした経歴のある人物でもある。本作の鏡を駆使した撮影は絶品だ。
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved.
トッド・ヘインズによる本作の「イメージブック」には、イングマール・ベルイマン監督の『仮面/ペルソナ』(66)、『冬の光』(63)、マイク・ニコルズ監督の『卒業』(67)、ウディ・アレン監督の『マンハッタン』(79)、ジャン=リュック・ゴダール監督の『彼女について知っている二、三の事柄』(67)、ジャック・クレイトン監督の『女が愛情に渇くとき』(64)、『メイ・ディセンバー』でリアレンジされたミシェル・ルグランの音楽が鳴り響くジョセフ・ロージー監督の『恋』(71)、そしてティナ・バーニーやジョエル・マイヤーウィッツの写真が参考資料として記載されていたという。『恋』のミシェル・ルグランの音楽について、トッド・ヘインズは、不吉でハードコアで、面と向かってくる感覚に惹かれたと語っている。迫りくる警鐘のような音楽。ミシェル・ルグランの音楽は撮影中にも流れていたという。ナタリー・ポートマンは、実際の音楽を聞きながら撮影をしたのは初めての経験だったと語っている。
グレイシーとエリザベスが鏡の前に立つシーンは、本作の出色といえる。グレイシーのメイクを教わるエリザベス。エリザベスはグレイシーの話し方から服装、趣味、口紅の色、何から何まで自分の中に落とし込もうとする。鏡の前に立つ二人の並びはグロテスクであり、恐怖であり、同時に美しい。このシーンは実際には鏡がなく、カメラの前で鏡があるように演じたという。フェイクの鏡を意識させるため、どこに視線を置けば鏡のように見えるかマークを付けるなど、技術的な工夫が凝らされたと、ナタリー・ポートマンは語っている。また、本当の鏡を使った、娘の衣装チェックのシーンも恐ろしい。三面鏡の中にグレイシー本人、グレイシーを真似るエリザベス、そして第三のグレイシー、もう一人のグレイシーが映り込むのだ。ほとんど実験映画のような前衛的な設計といえる。