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『メイ・ディセンバー ゆれる真実』アイム・ノット・ゼア、消えていくイメージと真実
2024.07.22
アイム・ノット・ゼア
反復される鏡のシーンに象徴されるように、私たちの見ているグレイシーはグレイシーではないのかもしれないという不安が、エリザベス、そして『メイ・ディセンバー』の全編に響き渡っている。偽物と本物。これはトッド・ヘインズが追い求めてきたテーマでもある。本作はグレイシー、エリザベス、ジョー、それぞれの感情に寄り添うが、ジャッジは下していない。観客がこの議論に参加して初めてこの映画は成立する。それこそがトッド・ヘインズのキャリアにおける一貫した姿勢だ。また、それぞれに問題を抱えたキャラクターの感情に寄り添っている分、そこには罪の意識が生まれる。登場人物の心理と同じように、この映画を見る者はキャラクターの一瞬一瞬の感情に共感してしまうことに少なからず罪の意識を感じていく。かつてトッド・ヘインズはアルフレッド・ヒッチコックの映画について、次のように評している。
「ヒッチコックは物語に登場する人物を複雑に巻き込みながら、物語上の共感やサスペンスという最もポピュラーなメカニズムを使って、犯罪であれ何であれ、巻き込まれた人物の持つ罪の意識に観客を巻き込むことに成功している。これは私がヒッチコックに尊敬の念を抱いている点である」*
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved.
エリザベスとジョーは同い年であり、36歳という年齢はグレイシーが少年時代のジョーと関係を持った年齢でもある。この映画全体がミラーリングをテーマにしている。エリザベスはグレイシーの“肖像”を追いかけ、グレイシーを超える存在になりたいという野望さえ思っている。しかしエリザベスの、そして観客の見ているグレイシーは本当のグレイシーなのだろうか?『メイ・ディセンバー』には、実際に生きた人物を演じることそのもの、そして他人の人生に踏み込むこと、オーディエンスの好奇心に対する警鐘が描かれている。ミシェル・ルグランの音楽のように、それらが罪の意識と共に迫ってくると言った方が正しいだろうか。私たちが見ているイメージは真実なのか?トッド・ヘインズはイメージを作り、イメージを思いきり剥がす。つまり「アイム・ノット・ゼア」。私たちの見ているイメージ=対象はどこにもいないのである。
*[Todd Haynes :Interviews] Julia Leyda(edit)
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
絶賛上映中
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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