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『ファースト・カウ』地図にない世界で輝く星々

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『ファースト・カウ』地図にない世界で輝く星々

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『ファースト・カウ』あらすじ

物語の舞台は1820年代、西部開拓時代のオレゴン。アメリカン・ドリームを求めて未開の地にやってきた料理人のクッキーと、中国人移民のキング・ルー。共に成功を夢見る2人は自然と意気投合し、やがてある大胆な計画を思いつく。それは、この地に初めてやってきた“富の象徴”である、たった一頭の牛からミルクを盗み、ドーナツで一攫千金を狙うという、甘い甘いビジネスだった――!


Index


『デッドマン』から『ファースト・カウ』へ



 船が進むと物語も動き出す。アメリカ・インディペンデント映画の至宝ケリー・ライカート監督の『ファースト・カウ』(19)は、コロンビア川をゆく貨物船から始まる。アメリカがアメリカになる以前、まだ地図も記されていなかった時代。ネイティブ・アメリカンのチヌーク族が住むこの地域では交易が盛んだった。船のゆったりとした動きが思いのほか長く続き、幽玄さを画面に滲ませるとき、この映画の時空は緩やかに、そして奇妙に歪んでいく。


 ケリー・ライカートの過去作『ウェンディ&ルーシー』(08)を想起させる女性(アリア・ショウカット)と犬のコンビが、川沿いの森を散策する。犬が地面を掘り始めると、手をつないだ二体の骨が発見される。そうこうしている内に、映画はあっという間に1820年代の世界にワープしていく。くすんだ緑の世界。女性と犬のいた同じ森でクッキー(ジョン・マガロ)が食材を採集している。時空をすり抜けるような手際の良さ。胎内に帰っていくような退行的な歩み。船は前に進むが、時間は後退していく。この傑出した冒頭シーンは、タイムマシーンに乗るようなSF的な時空間を創出している。地面を掘るという行為が、地下に閉じ込められた幽霊の歴史を呼び起こす儀式になる。同時にこのシーンは、船が前進すること=世界の進歩という概念そのものへ疑問を投げかけているように思える。



『ファースト・カウ』© 2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


 『ファースト・カウ』は、ケリー・ライカートのフィルモグラフィーを総括する作品だ。この作品には10年後、20年後の映画ファンに伝説の作品として愛されていくポテンシャルが大いに秘められている。まったくもって恐るべき傑作だ。私見では、ジム・ジャームッシュ監督とジョニー・デップによる伝説的な傑作『デッドマン』(95)への熱狂と同等の評価を、現在~未来にかけて獲得していくことは間違いないと思える。本作が詩人ウィリアム・ブレイクの言葉から始まること、『デッドマン』に先住民の“ノーバディ”役で出演していたゲイリー・ファーマーが出演していることは、二つの傑作をつなぐ大きな架け橋となっている。また、ロバート・アルトマンによる脱西部劇『ギャンブラー』(71)のルネ・オーベルジョノワの出演も、アメリカ・インディペンデント映画のスピリットを継承しているという点で興味深い。


 そして『デッドマン』のウィリアム・ブレイク(ジョニー・デップ)が白人の男性的な強さ、支配欲とは無縁の“漂流民”だったように、本作の主人公クッキーにはまるで支配欲がない。漂流の料理人のクッキーは、むしろ自分の料理=芸術の“薔薇”を育てることに集中している。しかし世界はそうさせてくれない。




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