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『ファースト・カウ』地図にない世界で輝く星々

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『ファースト・カウ』地図にない世界で輝く星々

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最初の経済、最初のミルク



 ケリー・ライカートの映画は、最小限の美術で最大限の効果を生み出そうとする創意工夫に溢れている。彼女の揺るぎないフレーミングには、予算の関係など、外的要因によって制限されるからこそ生まれるゴージャスさがある。二人の男性の物語として『ファースト・カウ』と比較されることの多い『オールド・ジョイ』(06)は、外で撮ることでライトにかける費用を省いている。傑作『ミークス・カットオフ』(10)以降、名コンビを組んでいる撮影監督クリストファー・ブロヴェルトによると、『ファースト・カウ』における光の動きは、太陽、月、蠟燭の明かりをベースに考えられたという。制限された状況の中でどれだけ豊かな画面を作ることができるのか?クリストファー・ブローヴェルトの言うように、ケリー・ライカートの撮影は、まさに「必要は発明の母」という哲学をベースにする現場なのだろう。この土地の権力者である仲買人(トビー・ジョーンズ)の部屋は、予算を費やしている分、移動撮影を駆使してデラックスに撮られている。経済的な原則に基づいた撮影といえよう。既に4本の映画に出演している盟友ミシェル・ウィリアムズと並んで、最大の創作パートナーといえるこの撮影監督は、ケリー・ライカートにとって欠かせない理解者となっている。



『ファースト・カウ』© 2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


 そして創作における経済の話は、『ファースト・カウ』と次作『ショーイング・アップ』(22)に見事につながっている。クッキーとキング・ルーは話し合う。持たざる者、貧乏人が何かを始めるには、借金をするか、奇跡を起こすか、犯罪に手を染めるしかない。自分の能力に無自覚で野心のないクッキーと違い、キング・ルーは頭の切れる野心家だ。中国の広東北部の「嫌われ者」として育ち、これまでにアフリカ、イギリスを渡り歩いてきた経歴がある。野心家のキング・ルーの人生設計には、クッキーの料理の能力が必要になる。キング・ルーは中国人、アジア人という属性が、この地域にとって不利なカードであることをよく知っている。また野心のないクッキーにはキング・ルーの知恵が必要になる。キング・ルーからミルクの調達方法についてアイデアを提案されるときの、すぐに犯罪の気配を悟っていくクッキーの表情の変化が生々しく、とてもスリリングだ。二人は仲買人の牛=イヴのミルクを盗むことを決める。


 本作には二人の“最初の商売”と“最初の犯罪”がとても魅力的に描かれている。飛ぶように売れていくドーナツ販売のシーンは多幸感に溢れている。当初は商売のつもりがなかったものが、経済の流れに乗っていく。仕上げにシナモンを添えるクッキーのドーナツは、人を幸せにする。ある者は母親のことを思い出すと言い、仲買人はロンドンのパンの味を思い出すと言う。まだ銀や貝殻と交換する時代。資産が増えれば“銀行”が必要となる。初期の物質文化の発展。あれよあれよという間に資本主義の流れに乗っていくクッキーのドーナツは、その発明以降、商業として展開されていった映画の経済、歴史のメタファーなのかもしれない。




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