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『96時間』円熟の名優と若き職人たちが作り上げた傑作アクション

(c)Photofest / Getty Images

『96時間』円熟の名優と若き職人たちが作り上げた傑作アクション

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リーアム・ニーソンとフランスの職人集団



 『96時間』の主演と言えば、リーアム・ニーソンである。今でこそニーソンと言えばアクション映画のイメージだが、すべては本作から始まった。やや暴論かもしれないが、この映画に出るまで、ニーソンにアクション映画のイメージはなかったと言ってもいい。当時のニーソンと言えば、『シンドラーのリスト』(93)、『マイケル・コリンズ』(96)、『レ・ミゼラブル』(98)などなど、いわゆるヒューマンドラマや文芸大作を中心に活躍する演技派枠だった。もちろん、『ダークマン』(90)ではスーパーヒーローなアクションを、『ロブ・ロイ/ロマンに生きた男』(95)では剣戟アクションを披露し、『スター・ウォーズ エピソードI/ファントム・メナス』(99)ではジェダイ・マスターのクワイ=ガン・ジンとして強烈な印象を残してはいた。もともと少年期にボクシングをやり込んでいた過去もあり(そうとう強かったらしいが、ある試合で殴られたら一瞬だけ記憶喪失になって、怖くなって辞めたとのこと)、実はアクションは全然イケるタイプだったのだが、この頃は「アクション映画」と距離があったのは事実だ。


 ポテンシャルを持ちながらも全開で発揮する機会がなかった。というか、本人が「オレのアクション映画って観たい人いるのかな?」と、需要に気が付いていなかった可能性もある。そんな状況にあったニーソンと組んだのが、フランスの職人集団ヨーロッパ・コープだった。


 ヨーロッパ・コープは『レオン』(94)で有名なリュック・ベッソンが作った映画会社だ。制作する映画の方向性は、アクション、ホラー、サスペンスなどのジャンル映画である。その中身は、まさに玉石混交(体感で言うと6:4で石の方が多い)。ベッソンが超短期間で書いた脚本をベースに、フランス映画界の若手たちが監督するのが基本スタイルで、年に何本もの映画が量産された。ジェット・リーの名作『キス・オブ・ザ・ドラゴン』(01)や、あのジェイソン・ステイサムをアクションスターに覚醒させた『トランスポーター』(02)なども生んだが、目も当てられない作品があったのも事実だ。しかし、とりあえず数をこなせば経験値は貯まる。数々のアクション映画を手掛けながら、ヨーロッパ・コープ映画に携わった者たちは、順調にノウハウを身に着けていった。



『96時間』(c)Photofest / Getty Images


 たとえば『96時間』の監督を務めたピエール・モレルは、典型的なヨーロッパ・コープ人間だ。元々は撮影監督として90年代末期からベッソンと仕事を始めた。ベッソンと共同脚本のロバート・マーク・ケイメンは『ベストキッド』(84)に関わったベテランだが、こちらも90年代後半からベッソンとの仕事が中心になっている。いわばモレル監督は新卒で、ケイメンは中途入社とでも言おうか。他にも撮影や編集、アクション監督なども、全員がベッソンのもとで仕事をしたヨーロッパ・コープ組である。知名度こそ低いが、場数は踏みまくっている。そんな職人集団が集まっていたのだ。職人集団ヨーロッパ・コープと名優リーアム・ニーソン。この二つの要素が出会ったとき、映画は思わぬ奇跡を起こした。


 ベッソン印の脚本は相変わらず強引だ。たとえばニーソンは劇中で離婚を経験し、娘はすでに新しい父親との暮らしを満喫している。しかし、この父親がとんでもない金持ちで、プライベートジェットまで持っているから、娘が誘拐されたら速攻でパリに飛べる……など、けっこう無茶な点が多い。しかし、そこを補うのがリーアム・ニーソンの演技力だ。ハンサムで190㎝の長身、どこからどう見ても強そうなのに、前半の冴えない中年男パートでは完璧に冴えない男にしか見えない。娘の誕生日パーティーでカラオケのおもちゃを渡すも、新しい父親の用意したプレゼントの馬に娘がダッシュで行ってしまうシーンの絶妙な表情などは、涙なしでは見ることのできない名シーンだろう。その後、旧友たちと狭い庭でバーベキューをしながらダラダラするシーンも素晴らしい。私のような人生が燻っている人間には、この前半パートでニーソンへの親近感がグッと湧く。いわばアクション全開の大暴れパートに移るまでの「タメ」のシーンが、ニーソンの演技力によって100点満点の完成度に仕上がっているのだ。


 ちなみにモレル監督は、ニーソンが娘を誘拐した犯人に「お前たちを探し出して、見つけて、必ず殺す」と脅す劇中屈指の名シーンについて、後にこう振り返っている。この台詞を初めて台本で読んだとき、モレル監督は「このシーンは安っぽくなるのでは」と不安に思ったそうだ。確かに台詞だけ抜き出して考えると、強がっている感、もっと言えばイキっている感が全開になりそうなセリフではある。一時は本気で台詞の変更も視野に入れたが、ニーソンが完璧な演技を1テイクで披露して、結果として映画を代表する名シーンとなった。


 そして娘が誘拐されたパリに行ってからは、終始ブチギレのニーソンと化すわけだが……、今度はヨーロッパ・コープの職人手腕が炸裂。かなりの高い身体能力を持つニーソンの戦闘を、さらにキレ味鋭く見せていく。恵まれたガタイを活かしたパワー系の打撃に、敵を死角から撃つなどのプロっぽい仕草(もちろん拷問もある)。全体的に情け容赦ない殺陣をつけることで、ニーソンの魅力を存分に引き出した。ニーソン自身もアクションは出来る限り自分でこなすなど、映画の完成度を高めるための努力は惜しまなかったようだ。内心「DVDスルーになるだろう」と思っていても、決して手は抜かない。このあたりにニーソンのプロ意識の高さが垣間見える。なんともニーソンだ。


 名優の高いポテンシャルと、職人集団の堅実な仕事によって、完璧な「観客が観たいもの」が仕上がったのである。折しも観客の需要も高まっていた。映画の内容、時代、あのニーソンがアクションに挑戦と言う驚き……すべての要素が上手く当てはまった結果、映画は作り手たちの想像を遥かに超え全世界で大ヒットしたのだ。




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