14歳の終わり
「アニエスはとても面白くて、小さくて、頑固で、壊れやすい。私はそんな彼女が大好きだし、シャルロットは彼女の奥深さを理解していたと思う」(ジェーン・バーキン)*3
小さなルーを抱えたマリー・ジェーンがお尻をつきながら階段を落ちていくシーンは、後年ジェーン・バーキン監督・主演作品『Boxes』(07)でセルフオマージュされている。ジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブールによるアニエス・ヴァルダへの多大なリスペクトは、コラボレーションに留まらず、創作と生活の間にある極私的な探求方法にまで及んでいると言っても過言ではない。シャルロット・ゲンズブールは自身の監督作『ジェーンとシャルロット』で、アニエス・ヴァルダの『アニエス Vによるジェーン B.』で描かれた母親の肖像をアップデートした。創作による世代を超えた親密な返信といえる。また『カンフー・マスター!』の直接的な影響としては、ミランダ・ジュライ監督が『君とボクの虹色の世界』(05)を撮るきっかけになった作品として感謝の言葉を残しているのも興味深い。
『カンフーマスター!』©️ CINÉ TAMARAS / ReallyLikeFilms
アニエス・ヴァルダは、“日記”のようにその時代に起こったことを記録しておくことを心掛けていたという。本作においてそれはエイズの問題だ。エイズへの正しい知識のなかった時代の社会的な混乱が記録されている。愛し合うことの素晴らしさを説いていた社会が、唐突に愛の危険性を訴える。アニエス・ヴァルダは、この風潮がティーンの生活に与えた影響を記録しておきたかったと語っている。エイズの問題は物語の背景に不穏な影を落としている。
ジュリアンの思春期における最後の一歩は、14歳の心を忘れないマリー・ジェーンの最後の一歩でもある(14歳の呪いともいえる)。それは完全なる幻想であり勘違いかもしれない。マリー・ジェーンは社会的に追放される。しかしマリー・ジェーンとルーとジュリアンがボートに乗り島のコテージで過ごすシーンには、これが最後の一歩であることの美しさに溢れている。アニエス・ヴァルダが即興的に作ったというこのシーンには、二度と同じように再現できないパフォーマンスがある。三人でかもめの鳴き真似をする声は、空に吸い込まれる。家族のはしゃいだ声が空に吸い込まれていく浜辺。“最後の一歩”は幸福であると同時に小さな死ともいえる。アニエス・ヴァルダとジェーン・バーキンは、どんな物語にも終わりが訪れることをただただ見つめ続けている。
*1 Vogue [Jane Birkin: On Film, on Serge, on Fashion, on Refusing to Say Her Own Name ]
*2 [Agnès Varda] Alison Smith
*3 [Post-Scriptum: Journal 1982-2013] Jane Birkin
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『カンフーマスター!』
「ジェーン B.とアニエス V. ~ 二人の時間、二人の映画。」
8月23日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町 / テアトル梅田 他で全国順次ロードショー中
配給:リアリーライクフィルムズ
©️ CINÉ TAMARAS / ReallyLikeFilms