『もらとりあむタマ子』あらすじ
東京の大学を卒業したものの、父がスポーツ用品店を営む甲府の実家に戻ってきて、無気力な日々を送るタマ子。「就職活動してるのか?」という父の言葉に「その時が来たら動く。少なくとも今ではない!」と威勢がいいのか悪いのかわからない啖呵を切るが、秋から冬、そして春から夏へと季節が移りゆく中、タマ子の気持ちにも少しずつ変化が現れていく。履歴書を書き、就職への意欲を少しだけのぞかせるようになるタマ子。そんな矢先、父に再婚話が持ち上がり、彼女の心は激しく揺れる――。
Index
カルト人気を誇るマンガ家、いましろたかしからの影響を絶妙に変換!?
「だめだ、日本……」
政治の混乱を伝えるテレビニュースを目にして、タマ子(前田敦子)はそう呟く。上から目線の社会批判をふてぶてしく放ったあと、父親(康すおん)が作ってくれた夕食のカレーライスをもぐもぐと食べ始める。
「……お前、どっかカラダ悪いのか?」
そう訊ねる父親に対し、タマ子は仏頂面で「別に」と応えるのみ。この瞬間、普段は温厚な父親の中で何かが切れたのだろう。彼は思わず声を荒げて娘を叱りつける。
「少しは就職活動してるのか? お前、なんで大学行かせたと思ってるんだよ。卒業してもなーんもしてないで! 食って、寝て、マンガ読んで! 日本がだめなんじゃなくて、お前がだめなんだよ!」
山下敦弘監督の2013年の傑作映画『もらとりあむタマ子』の序盤に用意されている、いまや伝説と言ってもいい爆笑のワンシーンである。脚本は山下監督の大阪芸大時代からの盟友で、2022年の『ある男』(監督:石川慶)では第46回日本アカデミー賞最優秀脚本賞や第44回カイロ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門最優秀脚本賞などを受賞した、向井康介のオリジナル。そんな本作は山下&向井がキャリアの初期から多大なリスペクトを表明しているマンガ家、いましろたかしの影響をかなり露骨に反映したものだ。
『もらとりあむタマ子』© 2013『もらとりあむタマ子』製作委員会
大学は出たけれど、東京から山梨県甲府のスポーツ用品店を営む実家に帰ってきて、仕事もせず、家事もほぼ手伝わず、ひたすら食っちゃ寝を繰り返し、たまにチャリで近所をうろうろ。気まずくなると逆ギレ。口だけは一丁前な23歳の主人公・坂井タマ子。彼女のキャラクターは、まるでいましろ作品『ザ★ライトスタッフ』の挿話「大いなる眠り」に登場する24歳の無職青年・隆の女子版のようだ(彼も田舎の実家でウダウダしている時、父親から「どっか悪いんか、お前ッ!!」と怒鳴られる)。また『ハーツ&マインズ』の挿話「省吾のH大作戦」の中に「いやあッ、もう日本はだめよ!」という元ネタとおぼしき台詞も出てきたり。
以上の作品はもともと集英社のビジネスジャンプで1986年~1990年に渡って連載されたもの。当時の日本社会はバブルの高揚に沸いていた頃だが、いましろのマンガは時代の表層とは真逆の閉塞や貧しさにまみれた自意識過剰の青春像を、ユーモアとペーソスなんて形容では済まない特濃の生臭さで描き出していた。これらの怪・傑作群は復刻版という形で、2002年に刊行された単行本『初期のいましろたかし』(小学館)に収録されている。