2025.02.06
否定から始まるフェイク論法。90年代特有の映像への信頼感
ここから学べるフェイクの手法は数多い。まずもって大事なのは「否定」の仕方だ。あえて新情報を加味して素っ気なく否定することで、そこに意味を匂わせ、相手を逆に惹きつける。具体的に言うと、報道官による「B3爆撃機とは何の関連性もない」という論法によって、誰もが存在を知るはずもない、実のところ全く実態のない「B3爆撃機」に世間の注目が集まり、それが勝手に一人歩きしていく。あとは人々が飽きないように戦闘機、紛争、テロ、キャンペーンなどの筋書きを火にくべる薪のごとく次々と投入。脚本家以上の策士となって次なる展開を演出し、意味深に彩るのみ。そのうち、セックス・スキャンダルはすっかり色が霞んでいる。
これに加え、本作の面白さは時流を巧みに掴んだからこそ結実したものと言える。1990年代、それは良くも悪くも映像消費の時代だった。湾岸戦争を始め、戦場や紛争地からの最新映像がニュース番組を通じて各家庭のリビングで流れ、最初はショックを受けつつも、何度も繰り返されるうちにすっかり感覚は麻痺し、そんな視聴者を飽きさせまいと更なる刺激的な映像が供給された。
はたまた、映画業界はというと『ジュラシック・パーク』(93)を皮切りに巻き起こったCG革命によって、クオリティの差こそあれ、年々、どんなものでも難なく具現化できる技術力が備わった。その両者が手を組んだら果たして何が起こるのか? これは人々がまだ映像が伝えるものを素直に信じ、受け止めていた時代だからこそ成立した寓話というべきか。
『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』(c)Photofest / Getty Images
名優二人の超絶演技を繋いだアン・ヘッシュ
そんな全ての事態を司るのは二人のプロフェッショナルたち。デ・ニーロ演じる揉み消し屋がどんな難題にも即座に対応策を打ち出すと、ホフマンはホフマンで、ハリウッドプロデューサーならではの特殊技術とマンパワーでどんな無理難題も可能にしてしまう。どこをどう輪切りにしても歯切れ鋭く、碁盤の先の先の先を読みきるクレバーなセリフのオンパレード。これらの応酬を柔和かつ飄々とやってのける二大名優が本当に雲の上の仙人たちに思えるほどだ。
ここでパズルのラストピースとして彩りを添えるのが、大統領補佐官役のアン・ヘッシュである。この人の役割は二人のやることに「え?どういうこと?」「まさか!?」とツッコミを入れること。つまり天才たちのハイレベルなキャッチボールを視覚化しうる第三者の目線であり、観客にもっとも近しい存在とも言える。もともとこれは男性キャラとして書かれていたのだが、読み合わせに参加し名優たちの間で抜群の存在感を発揮したヘッシュに白羽の矢が立ったとか。大正解のキャステイングである。2022年の8月、自動車事故が原因であまりに早く亡くなったことが惜しまれてならないが、『ワグ・ザ・ドッグ』は彼女が遺した最高傑作のひとつと言っていい。
兎にも角にも、本作ではデ・ニーロ&ホフマン&ヘッシュの三人が一つの軽妙なチームを組んで架空の大事件をでっち上げていく。本来なら社会の矢面に立たされるはずの大統領は、存在がちらりと示唆されるだけの脇役扱い。この映画では決して”犬”にはスポットライトが当たらず、”尻尾”だけが主導権を持って奮闘する姿が描かれるのである。この軽妙な小作を、バリー・レヴィンソン監督ご一行は、大作『スフィア』(98)に向かう前のほんの1ヶ月足らずで撮りあげたという。