『ミゼリコルディア』アラン・ギロディの描く暗闇の奥ゆき、キノコの下には死体が埋まっている

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2025.04.03宮代大嗣

不都合なキノコ、暗闇の奥ゆき

　『ミゼリコルディア』はジェレミーとヴァンサンの肉体的な衝突により、行方不明者をめぐるスリラー映画の要素が加わっていく。不都合な死体。村と森と墓地という舞台。ジェレミーはキノコ狩りのため何度も森に出かけるが、なぜかそこでいろいろな人に出くわす（森という童話的な要素）。幼馴染のヴァンサン、欲情する神父、捜査の方法に大いに問題のある警官。いつの間にかそこにいる人たち。何の前触れもなく、いきなりフレームにフワっと飛び込んでくる人たち。これらは田舎特有のコミュニティの狭さや監視を表わしていて、ジェレミーを追いかけるストーカーたちともいえる。

　アラン・ギロディの映画において突然やってくる“衝突”。喜劇的な侵入者たち。森の中でジェレミーに出くわす人々は、湿った地面から生えるキノコのように、あるいは墓場から掘り起こされた死体が手を伸ばすように、にょきにょきと不気味に出現する。クレール・マトンの撮る幻想的な霧の風景との相乗効果により、それらは霊的な存在にも見える。つまりジェレミーには不都合なキノコを狩る必要がある。

　ヴァンサンの行方不明事件をめぐりジェレミーは村全体から欲望され、疑われる。マルティーヌはジェレミーのことを疑っているが、同時に彼を恋人のように、あるいは息子のように愛したいと思っている。ジェレミーへの愛と疑惑をいっさい言葉で表明しないマルティーヌを演じたカトリーヌ・フロの演技が圧倒的に素晴らしい。感情的に愚かになることを禁止されている役柄だが、抑圧を余儀なくされた表情の中に曖昧な優しさと欲情を滲ませている。マルティーヌの視線＝欲望にはどこか恥じらいが感じられる。この映画のすべての登場人物は答えを持っていない。ジェレミーに欲望されたヴァンサンの友人ウォルターのように、自分のセクシュアリティやアイデンティティに対する戸惑いがある。アラン・ギロディはこの戸惑いや流動性を積極的に肯定する。

　誘惑者であり破壊者であり被害者であり救世主であり戸惑う人でもあるジェレミー。“ミゼリコルディア”とは、ラテン語で“慈悲”を意味するという。この映画は、慈悲とは何かを問いかけている。この世の悪を問いかけている。『湖の見知らぬ男』と同じく、夜の深い闇がジェレミーの肉体と精神を覆っていく。闇に奥ゆきはあるのか。その向こう側には何があるのか。だからこそこの作品は、土の下に隠された欲望、表情に隠された感情を探求する。この映画は世界の闇に奥ゆきが存在することを示している。そのスペースに慈悲があるのかどうかはまだ分からない。もしかしたらこの世界は奈落に落ちていくだけなのかもしれない。『ミゼリコルディア』は、人類がまだ到達できていない闇の奥ゆきに向けて作られている。私たちを倫理のブラックホールの入り口に案内するような、危険で痛快な傑作だ。

*The Contending [Misericordia Writer Director Alain Guiraudie On His Latest Blend of Dark Comedy Desire ]

文：宮代大嗣（maplecat-eve）

映画批評。「レオス・カラックス　映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。

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『ミゼリコルディア』

シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

配給：サニーフィルム