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『ANORA アノーラ』ゴッド・ブレス・アノーラ!アノーラに光のご加護を!
2025.03.03
『ANORA アノーラ』あらすじ
NYでストリップダンサーをしながら暮らす“アニー”ことアノーラは、職場のクラブでロシア人の御曹司、イヴァンと出会う。彼がロシアに帰るまでの7日間、1万5千ドルで“契約彼女”になったアニー。パーティーにショッピング、贅沢三昧の日々を過ごした二人は休暇の締めくくりにラスベガスの教会で衝動的に結婚!幸せ絶頂の二人だったが、息子が娼婦と結婚したと噂を聞いたロシアの両親は猛反対。結婚を阻止すべく、屈強な男たちを息子の邸宅へと送り込む。ほどなくして、イヴァンの両親がロシアから到着。空から舞い降りてきた厳しい現実を前に、アニーの物語の第二章が幕を開ける──。
Index
過去、現在、そして未来のすべてのセックスワーカーに捧げる
『ANORA アノーラ』(24)がカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した際、ショーン・ベイカー監督は壇上で感動的なスピーチを披露している。「過去、現在、そして未来のすべてのセックスワーカーにこの賞を捧げる」
アンチ・ロマンティック・コメディ。ファッキン・シンデレラ・ストーリー。ハイテンションで進む最初の40分。アノーラ(マイキー・マディソン)の見事なポールダンス。アノーラの働くストリップクラブでは、Take Thatの快楽的な楽曲「Greatest Day」が爆音で流れている。“最高の日を祝おう”。“最高の日を輝かそう”。繰り返し歌われる危険なほど楽観的なフレーズをバックに、アノーラは文字通り“最高の日”を迎える。
映画史上に残るとんでもなく浅はかで軽薄なキャラクター、イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)という王子様との出会い。ロシアの大金持ちのバカ息子イヴァン。アノーラはイヴァンに気に入られ、店外での関係を求められる。それは当初ビジネス的な金銭契約だった。しかしイヴァンが結婚を求めたことで、アノーラの人生は大きく変わっていく。放蕩息子のイヴァンは家業を引き継ぎたくない。ずっと遊んでいたい。アメリカ人と結婚すれば、グリーンカード(永住権)を得ることができる。大好きなアメリカを離れずにいられる。
『ANORA アノーラ』©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures
ティモシー・シャラメのようなステップで広い家を滑るように軽快に移動するイヴァンは、大人のコスチュームを着たクソガキなのだ(マーク・エイデルシュテインは“ロシアのティモシー・シャラメ”ともいわれている)。イヴァンに求婚されたアノーラはガラスの靴を手に入れたお姫様となる。アノーラはイヴァンに恋をしているのではないのだろう。だからといってアノーラのことを批難するのは違う。なぜならアノーラは自分の人生を変えてくれる“運命の物語”にとんでもない恋をしているのだから。アノーラは大きなうねりの中にいる。終わらないパーティーのような高揚感が続いていく。ここには道徳的なものを超えていくエネルギーが爆発している。
ショーン・ベイカーはフィルモグラフィーを通してアメリカンドリームに手が届かない人たちを描いてきた。特に『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(12)以降、セックスワーカーをリスペクトと共に描いている。トランスジェンダーのコールガールが恋人の浮気相手を引きずり回すクリスマス映画『タンジェリン』(15)や、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17)における娘を養うために体を売っている母親へのリスペクト。そして前作『レッド・ロケット』(21)の落ちぶれた元ポルノスター。ショーン・ベイカーは、この世界に差別の階層が複雑に重なりあっていることを浮かび上がらせている。私たちはアノーラが「売春婦」という言葉に激しく抵抗する姿を見る。アノーラはただ仕事をしていただけだ。セックスワーカーと共に歩んでいこうとするショーン・ベイカーの姿勢は変わらない。ゆえにカンヌ国際映画祭におけるスピーチは激しく胸を打つ。